2012/07
15
[ #404 ]

ワインのはなし 3

 中東付近で上流階級の飲み物としてその地位を築き、生産や流通も始まったワイン。その後はギリシャも生産が始まり・・・(他、エジプトを経てアフリカ大陸の北を通ってガリア地方の南部に伝わるというルートもあったのですが・・・)。

 

そうギリシャ(最近、経済的に追い詰められている報道ばかり目立ってますが・・・)、現代西洋思想の原点古代ギリシャ・・・。
 古代ギリシャの酒というと、やはりワインというイメージが付きまといます。

 ホメーロスのオデュッセイアしろ、それを基としたユリシーズにしろ、其処に出てくるのはやはりワイン。(ユリシーズが巨人を酔っ払わせて倒す行為から、八岐大蛇を連想したり・・・)

 オデュッセイア 
 本棚の隅に転がってました

 勿論、麦を主食としている訳ですからビール(ピノン、或はブリュトン)も飲まれた筈ですし、ネクタール(神酒)は蜂蜜酒(ミード)とも考えられたりしますが、やはり主役はワインと思えます。


 では?古代ギリシャでワインはどの様に飲まれていたのか?

 ここで登場するのが「シュンポリオン(シュンポシオン)」というキーワード。現代のシンポジュウムの語源となった言葉です。

 ワインを酌み交わしつつ、詩や音楽等の芸術、また哲学や自然科学等の科学等々を主たる話題とした酒宴。
 (そういえば十数年前、国民文化祭ひろしまにて東広島で開催された”酒と文化の祭典”という公演を聞きに行った覚えがあります。主賓は発酵学の大家”小泉武夫先生”、後半はシュンポリオン的にお酒を飲まれつつ他のパネラー方々と語り合うという形式だった記憶があります)


 そして此処で飲まれていたのが、水(場合によっては海水)で薄められた(恐らくは赤)ワインです。
 (割合は、ワイン1に対し水が2~3とか・・・)
 何だか薄くて不味そうですが・・・。

 何故こんな飲み方となったのか?
 
 想像ですが・・・。
 それまでのワインの飲まれ方と言うのは、収穫祭等の祭等、つまりは祝祭等々のハレの場での飲みが主流であった様に思われます。言い換えれば皆で酔っ払う事、非日常を体験する事、それに拠る一体感・・・等々を目的とした酒宴だったと思われます。

 それに対し古代ギリシャの酒宴は、かなり日常的な行為であるという事。

 古代ギリシャ。アテナイ(アテネ)やスパルタ等の都市国家の成立といった面でも語られますが、都市という過密な空間で生活するという事は、それなりの理性やマナー、規則の厳守を求められる面も出てくると思えます。
 またそれが発想の自由さをも奪う故に、思考の固定化をほぐして新しい斬新な発想を生み出す為の飲酒と言う行為。或は飲酒をしながらの議論、会話という事も求められた気もします。

 また其れは”泥酔する事に対する禁忌”も強力に生み出した様にも思えます。
 其れ故の薄めたワインでは無いのか・・・。

 そこに、飲酒に拠る発想の広がりを求めつつ泥酔を避ける飲み方という、都市生活者の飲酒形態が生まれた様にも思えます。


 

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