2009/05
04
[ #41 ]

先帝祭

  旅行という程では無いのですが、先帝祭を見て来ました。

 



バスの日帰りです。
 バイクを引っ張り出そうかとも想ったのですが、最近、腰が痛く・・・。またETCも付けていない為、バスにしました。(歳を感じます)

 途中、岩国IC付近で事故渋滞に巻き込まれた時には正直焦りました(やはりバイクにすべきだったかとか・・)が、なんとか、今回の最大の目的”上臈道中”にギリギリ乍間に合い、一安心。


1番目の太夫  2番目  3番目  4番目  5番目


 まずは、衣装の豪華絢爛さに目を打たれます。後ろで長柄傘を差し掛ける男衆も雰囲気。髪は伊達兵庫、櫛、笄、花簪。太夫が花簪は京風ですかね?

 八文字が始まる。外八文字か?動きの大きさに少々驚きます!

 あまりの人出の多さに喉が渇いたので、次の目的地、門司へとフェリーで移動。
 地ビール屋さんへ。
 ここは10年振り位ですかね。混雑で店内には入れない為、テイクアウト。テイクアウトのビールはピルスナー。


        P5030201.jpg

 ピルスナーにしては色が濃い目、ホップが利いて爽やかな苦味です。

 喉の渇きが癒えたところで下関にとって返し、唐戸市場周辺を散策。
 ここも、人、人、人。この辺りの雰囲気を楽しむのであれば平日ですね。

 そこから、赤間神宮の上臈参拝に移動。
 ここも、入場制限がされる位の人出。まあ、この手の催しでは西日本唯一と言って良い物ではあるし、しかも雨天の年は中止。この人でも詮無い事か。しばらく待った後、境内へ。


  2番目の太夫   3番目の太夫   稚児さん 


 一見の価値は有りと想います。


 その後、唐戸商店街周辺を散策。この辺り、江戸時代には”稲荷町”(イナリ丁)と呼ばれた遊里が在った辺り。新町、中之町の地名はその名残か?当時の揚げ代、太夫30匁との記述を目にした事が有ります。道中が有ったかは知りませんが・・・。

 で、夕方まで遊ばして頂きバスへ。やはり、バスは楽でした。


   
       
        追記

 ここ暫くで、吉原跡、京都嶋原、祇園花街、御手洗、今回の太夫道中(他に大阪飛田、京都五条楽園、那覇松山、秋田川反等も少しまえに歩いた事があります)と、昔の色町、盛り場の空気を追ってみましたが、上臈、太夫、おいらん、芸者、舞妓、遊郭etcの言葉、現代に於いては中々難しい言葉になった気がします。
 今回も観客のからは”おいらん道中”の声が多く聞こえていましたが、先帝祭の場合は正式には”上臈道中”の筈ですがね・・・。

 ”おいらん、遊女、芸者、等々・・・・。明治以降、特に戦後。これらの言葉には汚れた、あるいは罪深いイメージが付けられ、歴史的、文化的意味は、理解されなくなっている気がします。

 元々、男女の関係は社会的な関係、行動の1つであり、それはボノボの活動を観ても理解できる様に想います。 また、古代に於いては、無から有を生み出す、神聖な行為とも見られていた筈で、そこに、貨幣経済が入り込み陳腐化したことが問題で、貨幣との付き合い方をどうするか?という事が実は問題だったのだと想うのですが。

 元々、歌舞音曲は他者をもてなす為に発達した面が有り、特に貴人をもてなす程の技を持った人たちは崇められてもいたでしょう。また、舞音曲によるもてなしの延長に肉体的もてなしが有る事も、不自然では無いと想います。宮中の女官、大奥の女性の役割はそうですよね。これが、上臈(或いは遊君)でしょう。大奥のトップは。上臈(上臈御年寄とも)と呼ばれましたよね。

 また、秀吉が、難波、京に社交の場として遊里を作り(韓入り・朝鮮出兵・の時には一時呼子にも)ましたが、出入りする人々に求められたのは、金では無く、品位であり格ですよね。で、それだけの位のある方をもてなす技と位を持つ女性が、”太夫”でしょう。

 のちに享保の改革で遊里に大名が出入り禁止に成ると、吉原ではそれだけ位のある人が出入りしなくなり、宝暦年間に太夫はいなく成る訳ですが、これはこれで、吉原は筋を通したと言えるのでは無いでしょうか?これ以降、遊里に出入りする客に求められるのが、貨幣と成り、少しずつ堕落が始まるのですが、吉原でこれに抗するため遊女にも客にも”格”を求めた

 そして、その最高の格を吉原で具えた女性(遊女)が”おいらん”でしょう。ですから、おいらんは吉原中期以降の各の有る遊女。

 また、江戸終わり頃以降は”おいらん”の呼び名が拡がり、吉原では小見世以上の遊女全般。
 また、日本各地でも、そこそこ高級な遊女全般に使われるようになったようです。


 また同時に、貨幣経済が浸透すると共に遊里も客に金のみを求出し遊里が陳腐化し、遊女も売春婦化するのでしょう。
 もちろん、客にも問題はあります。しかし、すべての文化は貨幣経済の原則に飲み込まれた時から陳腐化するのであり、また、これをグローバリズムと言うのでしょう。まあ、場末のバーテンダーの戯言ですが・・・。

 言葉の説明の心算があらぬ方向に暴走したので、この辺で・・・。

 でも、先帝祭、ちょっと、良かったです。

   ますた
 

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