2012/10
10
[ #428 ]

備後辺りを・・・

 天気が良いので、備後辺りをバイクでふらふら・・・・。
 何度も訪れている場所なのですが、この度は「大日本職業別明細図(復刻)の福山市版(府中町付)&鞆町版」を入手しましたので、それを見ながら町でも散歩するかという算段で出かけた訳です。

 先ずは府中市。

 往時、芦田川の水運と北に向かう塩の道の結節点として栄えた印象。
 明治の初め頃には色町(遊郭)も造られていた様です。

 町原川沿い

 こうした景色を見ますと、水運が盛んであった事が偲ばれます。
 
 少し前にも歩いていますが、今回は地図(明細図)があるのでその確認といった具合。

 老松にて

 (何やってるんだか・・・)



 小一時間散歩して福山市に移動。

 此処は城下町、駅の直ぐ北に福山城の天守があります。

 此処から南東方向に江戸期から遊郭(新町遊郭)がありました。

 ただ福山市、昭和20年の空襲で市街地はほぼ灰燼に帰してますし、その後の再開発等もあり昔の風情は殆ど残って無いですね。
 現在、旧新町辺りは歓楽街に。(それはそれで、土地の記憶という物でしょう)
 
 城の直ぐ近くまで入っていた運河(入川)もかなり埋め立てられています。
 (歓楽街の一部~リーデンローズ~みなと公園~大学等、戦前は運河の中でしょう。)

 たばこ屋

 その辺りで・・・。


 現役の歓楽街、一寸写真は撮り辛いので早々に鞆の浦に移動。
 一寸気になっていた場所へ。

 それはこちら、

 ありそ楼

 ありそ楼様。
 旧遊郭(貸席)・清月楼の建物を再生されたカフェ&ギャラリー。

 上がらせていただきました。

 2F  3F

 この日は鞆の浦全体のアートイベントの会場にもなっていらっしゃる様なので早めに退散。

 (年に何度か、花魁姿に変身出来るというイベントなどもされていらっしゃるそうです)
 (期日等はブログで確認下さいとの事)    ↑

 地図で確認しますと、昔の遊郭の中心部は駐車場になっていますかね?


 遊郭の場所


 それはさておき鞆の浦、路地等は昔(昭和2年)から殆ど変わって無いですね・・・。建物も・・・。
 萩等もそうですが、古い地図で歩ける街は楽しいです。
 (週末辺りから、鞆歴史民俗資料館にて鳥瞰図と観光絵葉書の展示があるとか・・・、また来るかな?)


 更に、尾道の旧新開(久保町)辺りにも立ち寄り・・・。

 尾道にて  尾道にて2

 古い楼妓建築等は、廃墟になりつつあるかも知れません・・・。


 更にしつこく糸崎にも立ち寄り。


 堤防  唐破風


 以前と違い波除けの堤防が高くなっています。(調度工事中でした)

 近所の商店の方のお話では、20年程前の台風19号で一帯、潮に漬かったそうで・・・。
 

 その方のお話ではこの糸崎遊郭、昭和32年頃までは非常に賑やかで(三原にも色町があったけれども、糸崎の方が断然賑っていた)、特に国道が高架になるまでは遊郭から鉄道を走る汽車が直ぐ其処に見え、客車が通る度、お女郎(べっぴん)さんたちが妓楼の二階の窓から手を振っていらっしゃたとか・・・。


 通り

 その方のお話から想うとここから北(鉄道方面)に入った通り辺りがメイン通りであった様子。

 廃墟になりつつ

 廃墟となった楼妓建築


 そういえば糸崎はこれも著名な存在・・・。

 糸崎神社


 神功皇后ゆかりの糸崎神社。
 手前の立派な門は、三原城内に在った物を移築した物だそうです。
 万葉集に歌われた歌碑もあります。


 こうしてみると糸崎、古い港であると同時に門前町的な要素もあったのかも知れません。
 (昔は、現糸崎駅が三原駅であった事もあり栄えていた場所でしょう)

 相変わらずです。

  

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