2013/01
05
[ #453 ]

初夢

 今年は初夢を見なかった気がします(憶えて居ないだけかも知れません・・・)。 まあ夢という物、余り記憶が継続しない物では有りますが・・・。


 結局、夢(睡眠中に持つ非現実的錯覚、幻覚)という奴、視覚的なものに限定され身体感覚伴わない故に記憶が長続きしない物なのでしょう。

 とはいっても憶えている夢というのも幾つか在ります。

 例えば十数年前に店をオープンした頃は、お客様に失敗を咎められたり、叱られたりする夢ばかり見て目を覚ましていました。他、道に迷っている夢とか、何かから逃げている夢を見た記憶は有ります。
 

 しかし、”夢”、と一言に言っても幾つかの意味が在りそうで・・・。


 先に書いた睡眠中に見る物の他に・・・。”・将来実現したい目標”とか、”・空想的願望”とか、”・儚い物の喩”とか・・・。


 また良い初夢の喩として使われます 「一富士二鷹三茄子」 には、それら全てが習合している様にも思えます・・・。
 元来、夢という言葉そうした物(色々の意味が習合したもの)で有ったのかも知れません。
 


 閑話休題、現在主として使われるのは ”将来実現したい願い、願望” としての”夢”という言葉の様にも思えます。
 ・あなたの夢は何ですか?とか ・夢、目標を持ちなさい。 とか・・・・。
 

 例えば、何年か前にテレビでの東大の合格者発表現場のニュースで、レポーターが合格者の青年に「東大に合格されましたが、将来の夢は何ですか?」等と質問をしていたシーンが有った事を記憶しています・・・。
 
 そのときインタビューを受けた青年が答えたのは・・・、確か・・・。
 「一流官僚になって庶民を顎で使いたい!」


 これに私としては、かなりの違和感を覚えた記憶があります。
 
 私の感覚では、それは”夢”と言うより”欲”というものに想えます。
 少なくとも公言するような言葉には思えなかったのです。
 (TVもどういった意図で流したのか・・・・)


 一寸、話が戻りますが・・・・。

 初夢の”一富士二鷹三茄子”は、敵討ちの成就の暗示でしょうし。それは(親、主人、家族等の)仇を見事に討つという大願成就の正夢という事でしょう。
 また、将来の”夢”という事で良く引き合いに出される札幌農大のクラーク博士の、「青年よ大志を抱け」何て台詞の”大志”。こうした物が”夢”であった様に思っていました訳で・・・。


 翻って現代、(社会的)大望とか大願とか大志といった物が成立し辛い時代になったという事なのかも知れません。
 言い換えれば何が(社会的に)正しいか?という基準があやふやになったのが現代なのかも知れません。

 結局残ったのは個人的な欲望ばかり・・・・、なのですかね?
 (其れはそれで、否定もしませんが・・・)
 
 
 
 何だか新年早々面倒くさい事ばかり書きましたが、この時期”初夢”なんて言葉が新聞等のメディアで目にする事も多く、ついついこうした話題になってしまいました・・・。

 ますた

 

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