2013/04
22
[ #485 ]

蒸留酒のはなし 2

 前回、”蒸留酒は8世紀頃にアラビヤ(イスラム圏・中東・アレキサンドリア)で造られたのが嚆矢であろう・・・”何て事を書いたのですが・・・。



 現在著名な蒸留酒の主要生産地は、ウイスキーにしろブランデーにしろジンにしろキリスト教圏が主流ですが、誕生した当時はそうでは無かったという事なのですよね。

 ではキリスト教における酒の位置づけ、飲酒の位置づけってどうなのか?

 基本的に宗教全般(特に一神教)、飲酒、特に”酔っ払う”事には否定的です。ユダヤ教にしろ、キリスト教にしろ、イスラム教にしろ・・・。仏教だって基本的には否定的。

 酔っ払う事に肯定的なのはアニミズム(精霊信仰)の世界。酔っ払う(泥酔する)事は神々(精霊、あちらの物)に同化する事でしょう・・・。


 そこでキリスト教・・・( かなり私の主観も入りますが・・・)。

 元々キリスト教は紀元前後にローマ帝国のシナイ半島周辺で誕生する訳ですよね。
 何故なのか?

 当時のローマは有る面、最盛期な訳です。その中心地であるローマと東方の貿易路となるのがシナイ半島辺り。拠ってその周辺は非常に商業主義的に発展するのですが、その分貧富の差も拡大する。

 そしてこの必要以上の貧富の差の拡大は、やはり不自然な訳です(あるいは多くの人々が不条理に感ずる)。
 社会も混乱するし、庶民の不平不満も高まるし、社会全体も不安定になり、絶望も拡がる・・・。

 そうした社会情勢故に自然回帰的な平等を訴えるキリスト(教)が、人々に評価され広まるという事も起きるわけで・・・。(それは後にメッカで、イスラム教が起きる事と同じ意味でしょう・・・)

 それ故当時の(古い)キリスト教、少々極論な言い方ですが不自然な物事(文明・科学等)には否定的ですよね。
 それは、文明・不自然さの象徴ともいえる貨幣に対する捉え方にも現れているとも思えます。
 (基本的に中世までのキリスト教、利子を取って金を貸す事、必要以上の蓄財は悪い事であるとしている訳で)

 
 前置きが長くなりましたが・・・。古いキリスト教圏、基本的に科学や文明の不自然な発達にはある種否定的。
 拠って、科学の生み出した蒸留酒にも否定的です。(でした)
 その所為か、今でもカトリック等の強い地域などでは、アルコール=蒸留酒=余り飲んではいけない物とする感覚は強い様に思えます。

 逆に醸造酒は、ビール=液体のパン。ワイン=キリストの血=自然の恵み。といった捕らえ方で肯定的。
 故に、(今は変わったかも知れませんが)高速道路のSA等でもビール等は売っていました。

 また、(自宅等で)一人で酒を飲んで酔っ払うという行為に対しても、否定的。

 そして中世等では蒸留酒やその発展型のリキュール等を扱える人間は、医師とか、占星術師とか、ある種の教会、修道院等、特殊な人々に限られていた訳ですよね。


 では、蒸留酒を生み出したアラビヤやイスラム教ではどうなのか?(少々私の想像も入りますが・・・・・)

 イスラム教も誕生した当初は、飲酒(醸造酒を飲むこと)という行為に対してそれほど否定的、厳しくは無かった様に思えます。ただし、酔っ払う(泥酔する)事は禁忌。
 それは現在のイスラム教でも世俗派等はそうした捕らえ方をしている面も有るようです。

 ただ、蒸留酒(ラキ・ラク)の誕生により泥酔してしまう人間が増加し、社会問題化した面が有るのでは?と思えるのです。   
 その結果、飲酒自体を禁忌とする方向に解釈が進んでいく、あるいはそうした解釈が力を持つという方向に。

 ”ルバイヤート”に登場する酒に関する詩を読んだりすると、そう思えて仕方ないのです・・・。

 勿論、砂漠という厳しい環境がイスラム教を厳しくしていった面もあるかでしょうが・・・。

 
 どちらにしろ近代の萌芽以前は、蒸留酒はある種特殊な酒で(特に中世ヨーロッパでは)禁忌対象であったと観ても良いと想えます。

 ますた
 

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