2013/05
05
[ #489 ]

島根半島辺り

 先日も愛用のバイクに跨り、一人無意味に走り回っていました。 
 何処に向かったのか?


 9時過ぎに家を出、近所のGSでタンクを満たし北方面へ。

 フライトロード~フラワーロードと繋いで庄原市へ。此処でトイレ休憩、結構気温が低くトイレが近くなります。

 しかしこれは序の口。庄原から432号を北上し始めてまもなく路面がウエットに、更に目の前にPC。
 路肩に設置された寒暖計は11℃。
 ペースを上げる事も出来ず、指先が凍えてきます。(冬用のグローブなんてしていません)

 高速の尾道~松江道が、三次から北へ無料区間大半で開通した事は聞き及んでおりましたが、GWに対面通行の高速道路の渋滞・ノロノロはゾッとしないと、あえて一般道を選択したのですが、まさかのウエット路面&低温。
 トイレ休憩が多くなります。


 閑話休題、何処を目的地に設定していたか?といいますと。

 先ずは、米子市の灘町辺りにバイクを止めてみます。
 此処は米子城址の直ぐ北。米子湾からの運河沿い、船着場であった場所。

 運河沿い

 当時の面影が偲ばれます。

 後藤家という立派な商家の建物も保存されています。

 後藤家


 更にこの辺りは、昔、色町であった場所(遊郭地)でも有るのです。

 という事で、一時間程周辺を徘徊。(相変わらず怪しい中年です)

 花園町3 

 弁天湯

 この銭湯の”弁天湯”なんて名前もそれらしいです。


 雰囲気の有る建物が結構残っているという噂を小耳に挟んでいたのですが、余り残っていないですね。
 その分空き地等が増えている様子。
 町全体に漂う雰囲気は確かにそれらしいのですが・・・・。(こうした場所、建物の多くは20世紀末で期限切れなのかも知れません)


 しいて挙げればこんな感じ・・・。

 花園町1  花園町2  花園町4

 という事で次へと移動。





 石畳

 (著名な青の海石の石畳の路地)

 こちら美保関です。(そしてまた此処も昔遊郭の有った場所)
 美保館という見事なつくりの旅館が健在です。

 美保館表

 裏(路地側)には立派な唐破風も有ります。

 美保館裏


 更にこんな物も。

 潜り通路

 建物を貫通した通路(路地)。(何箇所かこうした物があり、興味深いです。)

 チャンスがあれば一度宿泊してみたいものです・・・。


 しかし美保関、歴史有る港町としての空気が街全体に漂っています。
 非常に私好み。
 先日訪れた醍醐桜の後醍醐天皇との関わりもありますし、後鳥羽上皇とも・・・。


 美保神社も見事です・・・。

 巫女

 (巫女さんは関係ないか・・・?)


 また、仏谷寺にはこんな物も・・・。

 吉三地蔵

 八百屋お七の恋人、”吉三”の墓。


 他、こんな建物も・・・。

 美保神社横
 

 街並み等徘徊&軽く食事も済ませて次に移動・・・。(もう一度ゆっくり歩いてみたい街並みです)


 次にバイクを止めたのは・・・・。

 本陣記念館

 平田本陣記念館。


 ここは以前、浮世絵展を観に来た事がありますので2度目の訪問です。

 今回の企画展示はこれ。

 日本のポスター芸術
  
 「日本のポスター芸術」  展


 明治中期から戦前の酒類を中心とした飲料ポスターの展示です。
 職業柄非常に興味を惹かれる展示という事で、これ故島根半島方面を目的地に設定した訳です。


 展示内容ですが、点数はそれほど多く無いですが、非常に興味深く鑑賞させていただきました。

 感じた事も多く有ります・・・・。例えば・・・・、
 明治中期~戦前といいますと、19世紀の終わり頃から20世紀初頭。
 ヨーロッパ、パリでは世紀末の爛熟から、普仏戦争を挟んでベルエポックの時代。
 その影響は明らかにありそうでう。(アール・ヌーヴォー~の時代)

 また昔学校で、”戦前は軍国主義で、暗い時代であった”と習った記憶が在るのですが、こうしたポスターを観ますとまた違った印象を持ちます。

 言ってみれば、大正ロマン~昭和モダンの時代。
 
 明治後半から戦局の悪化が顕在化するまでは、実は結構バヴリーな時代では無かったのか?という事。(遊郭等も盛んに造られた時期ですし・・・・)

 近代戦という物、壮大な経済活動・消費活動な訳で(それこそ軍用艦・軍用車・軍用機・軍服・装備品等フル生産体制)・・・、景気が悪い筈は無いですし(国家財政は逼迫するでしょうが)正にバブル的であった気がします。

 
 それ以外にも、西洋国家同様に精糖会社がラム酒を造っていたり、またそれが海軍ご用達と広告していたり・・・。

 興味深い展示でした(数年後には広島にも巡回してきますかね?その折は再訪したいです)。


 一通り観させていただき帰路に(書士の方が大判のポスターを下さると謂われたのですが、何せオートバイ、積む場所が無いので泣く泣く断念)。
 
 復路も往路と同様な理由で一般道(54~375)を選択。

 一寸、車が多く選択ミスだったかも知れませんが(まあGWですし仕方ないですかね)(また、寒かったですが)、19時過ぎには無事帰宅。

 トータル約550㌔?。
 心地よい疲労で、一寸元気回復かも知れません。

 (しかし例年この時期には同じような事ばかり書いている様な・・・・、私も進歩の無い人間ですね。)
 
 ますた
 

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