2013/05
19
[ #494 ]

戯言 5月

 前回、日本の歓楽街や飲み屋街で行われている「遊び」は、16世紀末頃から成立した「遊郭」にその基本形が見出せるのでは?等と考え、遊郭の事を調べ始め興味を惹かれるように成った・・・。
 といった様な事を書いたのですが。

 では、そもそも「遊び」とは何なのか?等と書きますと。
 「遊び?そんな物、”飲む・打つ・買う”に決まってるだろ、それ以上面倒くさい事を考えてどうする?」といった意見を言われそうです。
 確かにそれはそれで(飲む・打つ・買う)も良いのですが、やはり少々物足りない。

 ”飲む・打つ・買う”以外にも遊びの範疇に入る物事も多そうです。例えば子供時分にした遊びは飲む・打つ・買うでは無かったですし、また犬や猫等のペットを飼われた経験の有る方であれば、犬や猫も遊ぶ事(あるいはそう見える事)は経験されているでしょう。TV等の動物ドキュメンタリー等見ても殆どの哺乳類は遊びをしている様に見えますしね。
 では、そうした「遊び」の根源的定義は何か?と考えますと・・・・。


 それはやはり「非実利的な行動」と言えそうな気がします。(無駄な事)


 本来、動物(生き物)の究極の目的は、生まれ~成長し~子孫を残す事。その為の行為、これが実利でしょうが、詰まり・・・・。
 食べる、寝る、異性を得るための行為&交尾。
 詰まり、これに直接係らない行為が本来の「遊び」である様に思えます。

 そしてこの”遊びの非実利的で有る事”、これが重要に思えます。損なこと、無駄な事。またそれは江戸文化で言われるところの”粋(イキ)”という言葉にも繋がっているようにも思えます。

 ホモサピエンスが生まれ~農耕が始まり~都市のような物も成立し~役所のような物も出来。その後宮仕えといった事も始まるのでしょうが、宮仕え=詰まりは”仕事”といった事をして生きなければいけない人々が増えてくる、こうなると、有る面仕事に直接関係の無い行為=遊びとも成るのでしょう・・・。
 現代では農耕以前の様な生き方、例えば海で貝を拾ったりして生計を立てたりする行為=採集的漁労等の行為を、遊戯的漁労と表現したりするのもそうした意味で興味深く思えます。


 閑話休題、仕事、宮仕え等は、やはり生き物としてやや不自然な行為に思えるのですよね。
 成人したオス、つまり大人の男が狭い空間に集まっているという時点で。

 野生等だと争いが増えそうです。
 まあ野生だとこの争いを減じるために順位付けが起きるのでしょうが・・・。
 尤も人間の社会、会社等でもそのために地位や肩書きで順位付けをしているとも言えそうですが・・・。

 それでもやはりギスギスはしそうですよね?出世欲なんてのも有りそうですし。

 この(古代に役所なんて物が出来た)頃から既に、出処が面倒くさいなんて話も生まれて来た様で・・・。
 そうした事を想うと、梁塵秘抄の「遊びをせんとや生まれけむ 戯れせんとや生まれけん 遊ぶ子供の声聞けば わが身さえこそ揺るがれる」の歌も興味深く聞こえます・・・。


 それはそれとして、そこで生み出されたのが「社交」という行為。

 端的に言えば他者に対して悪意が無い事、敵対心がない事を証明する行為。

 例えば、歳暮や中元といった行為も典型的社交でしょうし。
 詰まり他者に物を提供するといった、損をするといった行為により関係性を良好にする事。
 まあ、あまり激しくなりますと北米ネイティヴのポトラッチでは無いですが、より損をする事に拠り相手より上の立場に立とうとする方向にエスカレートしたり・・・。(また故に贈り物は余り高価ではいけない訳で・・)


 一寸話がずれた気もしますが、兎に角そうした形で社交的行為が生まれたのでしょう・・・。
 例えば上司や同僚を自らの屋敷に招いて”もてなす”といった行為が・・・。
 それがもっと大規模で公な行為になれば、他国の要人、使節を宮殿でもてなすといった行為になる訳で。例えば首里城の広場なんて典型的そうした場所でしょうし、沖縄舞踊の原点もそうでしょう、その踊り子等も舞妓・遊女の原点の一例とも思えます・・・・。

 そうして上司や同僚、ライバル等を自らの屋敷に招いてもてなしの行為をする訳ですが・・・。
 そこで行われるのは、先ずは酒食の提供。
 これは贈り物同様、損をする行為と同時に、食事という本能的行為を共にするという事で仲間意識を育む面も有るのでしょう。
 そしてそれ以外には、俗に言う歌舞音曲、琴棋書画。 
 
 共に歌い踊る、あるいは歌舞音曲を提供する。
 双五六や囲碁のゲームを共にする、あるいは共に書画をしたためたり鑑賞し会話する・・・。
 こうした行為に拠り、相手の性格、本性、知性等が窺えるという事なのでしょう。


 此処で、「飲む・打つ・買う」的な話。

 人の性根を観るには、共に酒を飲む、マージャン等のゲームや博打をしてみる、共に女を買いに行く。これが最も判り易いというのは良く言われる事です。、そこで、性根のどういうところを観ているのか?
 それはやはり卑怯者では無いところでしょう。わが身大切では無いところ、といっても良いかも知れません。
 違う言い方をすれば、勝つため、実利のため、金のためには手段を選ばないような相手は信用出来ない。という事かも知れません・・・・。
 詰まりは負け様の美しさの様な物・・・。(ゴルフなんてのもそうした意味で行われて来た面も有るでしょう・・・)

 
 何だか、遊郭等の話からはずれて来ましたが・・・・。
 で、もう一つの歌舞音曲を提供するという方。

 これを行う(舞う、音曲を奏でる・・・)のは、招いた屋敷の主、及びその女房連の役割でしょうが、場合によっては主や女房連中が、客の所望するそうした物が苦手な場合だって出て来る訳で・・・。といいますか、全員が全員、歌舞音曲の名手で有るわけも無いでしょう。(まあだからこそ、上手な人はもてたりするのでしょうが)
 で、そうした場合には、その上手な方(歌舞音曲のエキスパート)に手伝っていただく。
 
 この辺りが遊女(遊君・太夫)の嚆矢でしょう。(今でも、日本の伝統芸能の名取等を~太夫というのもその延長線でしょう)

 そしてこの場合、遊女に礼をするのは、招かれた客では無く、招いた主でしょう。
  

 では、性的な事はどうであったか?

 これは有る程度有ったでしょうし、それを行ったのは女房・女官連中であったと想えるのですが・・・。

 ちゃんとした屋敷を構えられるという事は、一つの血族集団でしょうし、そうした血族集団においては、血が濃くなる事を本能的に避ける事から、外部の遺伝子を持ったオスを歓迎する風潮もあったでしょう。
 (この辺りを追求すると夜這い文化論的になりそうですが・・・)
 
 ある種、源氏物語の世界ってこうした物のようにも思えます。

 
 そこから時代が下ると、個人的に(自分の為に)遊女・遊君を自らの屋敷に招く人間も出てくる・・・。 そしてのちの遊女に繋がって行くのでしょう。

 そういえば平家物語の中で、平家一門の連中が、鞆の浦にて周辺の遊君・遊女を集め戦勝の宴を催した・・・といった部分が有ったように想うのですが(飛脚到来?)。この辺りも一寸興味深いですよね。
 遊君=太夫的存在? 遊女=売春婦的存在? 等と想像が飛躍します・・・。

 
 そして時代が下って、いよいよ遊郭の成立・・・。

 私個人としてその嚆矢は、秀吉が小田原攻め時に作った砦(石垣山一夜城)。その中の茶室やその集合体ではないかと想像するのです・・・・。

 多くの武将がひとところに集まり戦況も長引いている訳で、そこで武将同士の社交も頻繁に行われたでしょう。
 ただ社交として他の武将を自らの屋敷に招こうとしても、戦場ですから屋敷は無い訳です・・・。また自らの陣内に招くのも中々難しいと成れば・・・。そうして専用の場所、茶室等もいくつか造られたのでは?と考えたり。

 そこから唐入り時の名護屋城の茶屋町~京都二条の遊郭~と進化して行った様に思えて成りません。

 実際に当時16世紀末秀吉の時代も京都は社交の中心でしょうが、各武将全てが他武将をもてなすに事足る屋敷を所有していたとは考え辛いですし、故に皆が使える社交場として遊郭が生み出された様に思えるのですが・・・。


 言いたい放題が長くなってしまいましたが、まあ遊びは非実利的で有る事がかっこ良いという事と、少なくとも本来の遊郭は売春街ではなく社交街で在ったであろうという事が言いたかっただけなのですけどね・・・・。 
 

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