2013/06
05
[ #501 ]

長崎 (2)

 明けて2日目、私は朝から単独行動で長崎市内を散策(徘徊?)。
 全く持って旅行主催者としての自覚が足りませんね。

 閑話休題、初めに向かったのは”唐人屋敷跡”と呼ばれる地域。路地や路地裏に惹かれる私としては一寸気になる場所なのです。

 この場所、歩いてみますと急傾斜地にへばり付く様に建物が乱立?その間を細い路地、坂道、階段等が立体迷路の様に入り組んで存在しています

 唐人街路地2  路地唐人街

 場所によっては人様の家のベランダや建物内を通過しているような気持ちになる場所もあります。
 1時間ほど堪能させていただき次の場所へ。



   提灯
 
 旧丸山遊郭跡地です。(個人的には今回の旅行、此処がメイン?)

 
 江戸期より丸山の入り口(アプローチ)であった”思案橋”は、今はネオン街となっております。

 思案橋

 この周辺は前日の夜にBARを求めて散々徘徊。

 この思案橋から少し歩きますと見返り柳の有ります”思い切り橋”の辻が有り、この辻を左に取り少し歩きますと旧丸山遊郭表門、二重門の有った場所になります。現在は往時を偲ばせる丸山交番が建っております。

 見返り柳  丸山交番


 この丸山交番から少し行った角を左に曲がりますと丸山本通り(旧丸山通)、この通り沿いに前夜遊ばせていただいた丸山芸妓さん達の歌舞練習場にも使われております”長崎見番(旧東見番)”の建物が在ります。

 見番

 この建物の前で前夜のお礼を心の中で呟き、旧丸山遊郭跡地の徘徊を開始。


 その印象は?といいますと。
 表通りの建物の多くが近代的コンクリート造の物に変わっており、雰囲気の有る建物は少ないですね。
 (前夜、あるバーのバーテンダー様が”20年程前までは雰囲気が残っていたけど今は無いよ”と教えてくださったのですが、確かにそうかも知れません)
 唯、町割りや路地は昔のまま、江戸期の古地図でも歩けそうです。
 また実際に歩いてみますと、かなりの傾斜地に存在している事が実感されます。坂道、階段が至る所に存在し立体的です。
 
 昔の風情の名残のかけらの様な物に想いをはせつつ兎に角徘徊してみました。

 
 その中で私好みの建物を幾つか・・・・。

 三島屋  建物・丸山1  建物丸山8  建物丸山3  建物丸山11
 
 他にも多くは無いですが散見出来ます。
 また、階段や坂道も楽しいです(歩くと辛いですが・・・)。

 
 階段1  階段丸山2  階段丸山3  坂・丸山  坂2

 

 また途中、小腹が空いたので”梅が枝餅”を購入したお店も雰囲気でした。

 梅が枝餅


 そうこうしているうちに時間も昼近くとなり昼食会場に向かう事に。



 それはこちら・・・。


   花月

 史跡料亭 花月 さま


 創業370年余という、丸山の老舗中の老舗。
 旧妓楼 引田屋付属のお茶屋。

 江戸期、江戸吉原、京都島原、大阪新町等では、お茶屋よりも揚屋の方が格上だった様ですが、ここ長崎丸山では逆にお茶屋の方が格上だった様です。

 どちらにしろ当時、長崎の街の接客文化の中心で有った場所。

 メンバーが揃うまで800坪の庭、及び其処から見渡せます建物の外観を愛でさせていただきます。


 そうしていよいよ建物内に・・・。

 先ずは集古館(資料室)を見学させていただき、其処から食事会場の広間に案内いていただきます。
 昼食は卓袱料理を基とした弁当形式ですが、にも拘らず女将の挨拶&おひれをどうぞの言葉。
 また部屋には、勝海舟直筆の書。手吹きの窓ガラスを通して眺める庭の景色も見事。

 更に、絶妙なタイミングで供されるデザート。
 それを頂いた後に、著名な(坂本竜馬の付けたといわれる刀傷の有る)床柱の有ります大広間~、広島に縁の頼山陽先生の滞在された部屋にも案内していただき、更に送り出しの女将の挨拶。

 凄いです。
 長崎の接客文化を担ってきた老舗の格と気概といった物なのでしょう。

 建物も含め圧倒されました。

 (江戸期の遊郭、或いは其処に在った”揚屋”、”お茶”といった物はそうした存在であったのでしょう。そうした物に想いをはせさせて、或いは実感させていただけた気がしました)


 という事で花月の写真を少しばかり・・・。(下手ですが・・・)

窓 手摺の造作 春雨の間 食事した部屋から 花月床柱 大広間

 この様な感じです。
 
 以上が今回の長崎でした・・・。


 ジントニック

 帰る直前、電車の待ち時間まで飲んでました。(飲み続けの旅行です)




 追記。

  長崎の街の印象としては、兎に角コンパクト。特に平地の部分が非常に少なく(恐らくそれも殆どが埋め立て地でしょう)、傾斜地・坂道の街といった印象です。港町の特徴でしょうが・・・。
 こういいますと、私の住む広島県にも、尾道や呉といった似た街が有ります。
 しかしそれらとも違った独特の空気を感じました。
 勿論、県庁所在地なので呉や尾道とは異なりますし、それ以上に江戸時代には我が国の表玄関、唯一と言って良い異国との接点といった事もあるのでしょう・・・。
 唯、個人的には現在の長崎の雰囲気は、ある種その地理的位置にも理由が有りそうにも思えます。

 どういう事かといいますと、我が国の中心部、例えば東京・京都・大阪と言った地域から遠い場所に有るという事。
 (実際、東広島からも遠かった印象です)
 それが長崎らしさが残った理由の一つでは無いかとの印象も少々持ちました。

 唯現代では、情報が電波に乗って大量に届きますし、飛行機という移動手段も発達しました。そうした意味では均質化の波は押し寄せて来ている印象も・・・。(アーケード通り周辺は全国チェーンの店舗ばかりになっていました・・・)

 それはさておき、個人的には路地が多く残る魅力的な街です。


 おまけに目に付いたものを少々。

 猫  猫2  猫4  猫7  猫8


 以上 

 

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