2013/08
04
[ #519 ]

MAL WALDRON

 前回WILENの「SANCTUARY」というアルバムが、日本人にも相性が良さそうでついつい流してしまうアルバムです・・・等と書きましたが、このアルバムは明らかに日本で受けたアルバムですね。

     mal.jpg

 MAL=WALDRON
 「LEFT ALONE」



 ビリー=ホリディーが作詞、マル=ウォルドロンが作曲したレフト・アローン。59年にビリーが亡くなった後60年にウォルドロンが中心となりリリースしたアルバムですが、本来ビリーが歌うべき声のパートをジャッキー=マクリーンがアルトサックスで演奏しています。

 当時(60年代~70年代前半位?)やたらと売れたアルバムという印象が有ります。


 では何故このアルバム(曲)が日本でそれ程受けたのか・・・?

 このアルバムを聞いて私が思い浮かべるイメージは・・・・、  ”ハード=ボイルド” 。
 例えば、H=ボガード演じるフィリップ=マーロウ、といった印象。

 戦後の混乱も一段落し高度成長に差し掛かった60年代(”もはや戦後ではない”の言葉は56年だったか?)、米国から、D=ハメットやR=チャンドラー等のハードボイルド小説が流れ込み盛んに読まれる様になった時代。またそれらを原作とした映画も多く公開され、そうしたアメリカンハードボイルドの主人公のカッコ良さにあこがれた時代。
 そうしたハードボイルドの主人公のカッコ良さ、・数を恃まない(群れない)・寡黙・タフ・女に優しい・・・等々、そうしたある種の美意識(見得)とそれを保つやせ我慢。チャンドラーの小説「プレイバック」の台詞、「強(したた)かで無いと生きて行けない、優しく無ければ生きていく資格は無い」といった世界。
 またそれは、同時期頃に流行った東映やくざ映画の「義理と人情秤に掛けりゃ義理が重たいこの世界」等といって、一宿一飯の恩を返すため敵対する組に1人(或は2人で)乗り込む鶴田浩二(高倉健?)といった世界にも共通する気もします。

 では何故、こうしたハードボイルドややくざ映画が当時受けたのか?
 戦後、入ってきたアメリカ型民主主義や自由主義、或は進歩主義といった物、それらは自己主張する事が正しいといった路線ですよね・・・。僕は僕は、私は私が・・・・。

 でもそうした自己主張の小理屈って、少しばかり餓鬼臭くって面倒臭いですよね、やはり日本男児は”男は黙ってサッポロビール?”ではないですが、しゃべり過ぎる男、自己主張の過ぎたる男はカッコ悪いといった、ある種の反動が当然有ったのでしょう(当時、右の連中も左の連中も、皆やくざ映画が好きであったという話も有りますし)。

 ともかく、そうした映画の主人公(例えばボガード)がバーのカウンターで一人静かにグラスを傾ける。其の背中に漂う哀愁・・・。といった(シーン)をこの曲は連想させるのですよね。
 
 更に(ビリーへの)追悼、鎮魂といった空気も感じる曲にも思えますし。
 流行る訳です・・・・。
 

 では現在は?といいますと・・・・。


 確か沢田研二が「カサブランカ・ダンディ」で”~ボギー、あんたの時代は良かった、男のやせ我慢粋に見えたよ~~”等と歌ったのが、確か79年。其処から軽薄と傲慢が支配するバブルに一直線の80年代へ・・・(作詞の阿久悠氏の時代感覚凄いですね)。
 
 ともかくバブル以降は、寡黙にやせ我慢している男なんて、全く評価されない時代になった気がします。
 ”惻隠の情”何て言葉ももはや死語ですかね・・・。


 相変わらず話が変な方向に行ってしまいましたが・・・、このアルバム、我が国では一時期余りに売れてしまった為、ある種のイメージや手垢が付きすぎてしまった印象は拭えないアルバムとも思えます。
 演奏者のマル=ウォルドロンも同様に・・・。
 売れすぎるのも考え物かも知れませんね(特にJAZZ)。

 そんなアルバムですが、たまに改めて流すとそれはそれで面白いアルバムでもあるのです。

スポンサーサイト

Copyright © ますた [バーテンダーと呼ばれる程のバカは無し] All rights reserved.

≪  ツーリング気分   |   戯言 8月  ≫
COMMENT:

SECRET: (管理者だけに表示を許可する場合)
 
トラックバックURL :