2013/10
04
[ #543 ]

戯言 10月

 先月、元禄3年開版の「死霊解脱物語聞書」は完全な創作(フィクション)と考えるのは無理が有り、又、寛文12年の羽生村の事件の完全なノンフィクション(ルポルタージュ)と考える事も妥当とは想えず、恐らくは事件を基にした実録小説的に捉えるのが適当と想える。しかしそうなると、死霊(悪霊・幽霊)の実在や憑依、口寄せ等の存在を肯定せざるを得ない。しかしそれは現代科学の視点からすると如何なものかと想える・・・。
 そこでもっと違った読み方は出来ないか? といった事を書きましたが・・・。


 では、どういった視点で読むと幽霊の存在の有無に引きずられなくて済むのか?


 それは、”累”という強力なクレマー(モンスター・悪女・ディベーター・・・)的なる女と、羽生村の住民たち(地域社会・共同体)との闘争の記録として読むという視点。
 こういった視点で読めば、幽霊が実在するかいなかはそれほど重要な問題では無くなる気がするのです。


 では何故、私がこうした読み方をする事が面白いと思ったのか?

 それは、”菊”に憑依した”累”が”菊”の口を借りて行う、村人や村の名主、祈祷師、坊主達との会話。
 この会話の展開・進め方等が現代社会で言われるところの、所謂”クレーマー”と他者から認識される人々の言い回しや行動をを強く連想させるからなのです。
 それはとにかく(或いは”敢えて”)対話する相手を傷つけよう、不快にさせよう、言い負かそう、揚げ足をとってやろう目的で発せられると思われる言葉の数々であり、また、金銭や資産等に対する強い執着を思わせる言葉で有ったりする訳です。 


 では何故、所謂クレーマー等と呼ばれる人々はそうした行動をするのか?

 恐らくそれは自分が王様(女王様)として扱われたいからでは無いかと想像できます。言い換えれば特別な人として扱いをされたい。自分をそう想いたい。

 王様・女王様は何をしても許される立場。
 詰まりは”人としてしてはいけないこと=悪意を持って他者を傷つける”事をしても許される人。こう自己認識したいのでしょう。
 特別視されたい、自分は特別な人間と思いたい。その為に”他者を傷つける~相手が折れる~自分は特別と想える”の回路が出来てしまっている人。
 また金銭に対する執着も強い。大金さえ持てば(払えば)何をしても許される=特別視される、という思い。

 でも、実はそれは幼児と同じなのかも知れません・・・。
 乳幼児は、泣き喚いて他者を困らせばおっぱいが貰える、食べ物が貰える、おむつを変えて貰える。その心象と変わらない様に想えます・・・。 


 閑話休題、では”累”をクレーマーとしてこの物語を読み直しますとどうなるか?(目一杯私の主観で・・・笑)


 恐らく”累”が生まれたのは1623年頃。その後、成長につれクレーマー的な面が出てくるも(原文では累の事を、「顔かたち、類ひなき悪女にして剰え心ばへまでも、かたましきゑせもの」と記してあります)、両親の健在な内はそれ程村人とのトラブルは表面化しなかった。
 そうして両親の死後、村人とのトラブルが増加、村中に”悪意の連鎖”が起こり羽生村の地域社会に存亡の危機が訪れる。そこで名主が、婿でも充てがえば累も少しは大人しくなるか?と思い婿を取らせるが、状況は改善しない。

 そんな物ですよね。例えば婿となった”与右衛門”が村の寄り合い等で、「お前の嬶、一寸なんとかしろよ」等と言われ、家に帰って”累”に意見する。そうなると・・・、まあ恐らく累は、「何?入婿のくせに生意気な!」 この一言で終わりですわな(この手の方って、~~のくせに生意気だ!というフレーズ良く口にされる様で・・・)。

 とにかく、”累”の行動は改善しない。
 しかし、婿の”与右衛門”は”累”の身内として、他の村人対する義務として、何とかしなければいけない(厄介者の始末を着けるのは身内の責任)。

 そして”累”の殺害に至る・・・。

 
 しかしそうなると別に殺害で無くても良いわけでして。座敷牢に押し込めたのかも知れませんし、村から追放したのかも知れません・・・。

 どちらにしろ、現実・現世の村の地域共同体からオミットし、寺の人別に”事故により逝去”と届出る。
 こうした事でしょう。
 (こうなると”累”が死んだかどうかは程重要では無くなる訳で・・・)


 そうしてその22年程後、”累”は村社会に舞い戻り再登場する。それは”菊”という”与右衛門”の娘に憑依というかたちかも知れませんし、”菊”を人質に取って村人と対峙した、でも良い訳です・・・(実際、村人にとっては同様の効果を表す訳で・・・)。

 こうなりますと、村人に勝ち目は無い様に思えます・・。
 ”菊”という人質がいなくても、一般の(村)人は(累という)クレーマーと議論しても勝ち目は薄い訳で(何故なら、普通、会話というものはお互いが理解し合うため、楽しくなるため、無益な争いを避ける為、等々の目的・前提で成す訳でしょう。そしてそれはたとえ議論でもあっても互いにプラスとなる事を良しとして行う訳ですが、”累”のようなタイプはとにかく相手を傷つける事を目的としているのですから、前提が違いますから)、更に人質を取れれている訳ですから、村人に勝ち目は無い。

 そこで祐天という、村の地域自治の外側の人間で、ある種の力を持った(治外法権的)人間の登場と成るのでしょう。


 相変わらず長くなりましたので、続きは次回にでも(まだ続くのか・・・・)。

 


 追記


 しかし今から350年ほど前にもクレーマーって存在したのですね。現代の社会病理のイメージが強かったのですが。

 尤も当時の江戸及びその近郊、急速に商品経済・貨幣経済の普及、又その波に飲み込まれていった時代ですから・・・。寛永通宝の発行、利根川水系の運河の開削・整備、河川流通の発達。もしかするとその辺りがこの事件の遠因なのかも知れないとも思います。

 さらに言えば、仏教に「縁無き衆生は度し難し」なんて言葉もありますし、縁無き衆生=ディベーター・クレーマー的人々でしょうから、結構昔から有る話かも知れません。尤もそれも文明の発生・発達と共に生まれたものでしょうから、やはり文明病理なのかも知れませんが・・・。

 今回は一寸いやみな事を書いてしまいました。こうした事を書く私自身、現代社会の負の連鎖に巻き込まれている・・・?

スポンサーサイト

Copyright © ますた [バーテンダーと呼ばれる程のバカは無し] All rights reserved.

≪  おしゃれ展   |   Make Up  ≫
COMMENT:

SECRET: (管理者だけに表示を許可する場合)
 
トラックバックURL :