2014/02
01
[ #575 ]

敦盛

 一昨日は旧正月という事で、頭に浮かんでしまいました。(笑?)

 幸若舞「敦盛」の一節。


 思へばこの世は常の住み家にあらず
 草葉に置くさら白露、水に宿る月よりなほあやし
 金谷に花を詠じ、栄花は先立って無常の風を誘はるる
 南楼の月を弄ぶ輩も、月野先立って有為の雲に隠れり
 人間五十年、化天(下天)のうちを比ぶれば夢幻の如くなり
 一度生を享け滅せぬもののあるべきか
 これを菩提の種と思ひ定めざらんは、口惜しかりき次第ぞ


 信長が出陣の折に良く舞ったとされる舞曲として著名な部分。

 実際に舞っていたか?はよく判りませんが、信長公記にも記されていますし、この辺りの事をわざわざ創作する必要性も低いので、事実に近いのでしょう・・・・。

 すると信長、結構文化人で有ったという事ですね(大名の嫡男ですから当然と言えば当然ですが)。


 
 閑話休題、信長といえば、やはり本能寺の変。信長公記にも記述が有りますがその辺りに関しては少々疑問も・・・。信長公記、江戸期に入っての物でしょうし、一般に流布している物は更に後の写本でしょうから、又に政治的に重要な記述という物は色々と有るでしょうから・・・。

 まただからこそ今でも”本能寺の変の謎”といったテーマで色々と語られたり、本が出されたりする訳でしょうね。
 私もそれなりに疑問も抱いてみたり・・・。(笑)

 その疑問、よく言われる”本能寺の変の謎”というテーマは、例えば光秀は何故謀反を起こしたのか?怨恨か?とか、光秀に黒幕はいたのか?とか、本当に光秀が行ったのか?・・・・・。とまあ、挙げればキリが無いですが、こうした物、少々主語が違うのでは無いか?と思ったりするのです。
 どういうことか?一寸記してみますと・・・。


 先ず、”本能寺の変”どういった事が起こっていたのか?
 私なりの推察(妄想)ですが・・・。(笑)


 先ず当日(天正10年旧6月2日)、光秀に対し、閲兵の為、(信長軍の)部隊を率いて本能寺周辺に参集する様に信長から指示が出ていた。(川角太閤記他)

 故に信長は当日早朝、本能寺周辺で混乱(騒ぎ)が起きているという報を小姓衆から聞くも、”光秀に率いられ参集予定の兵たちが早めに到着し喧嘩でもしているのであろう”と判断し、「是非に及ばず(仕方ない)」という声を発した。
 そして閲兵に備え朝の手水(洗面)を使っていた折に背後から弓を射掛けられ、薙刀等で抵抗するも・・・・。
 此処で信長は「余は余自ら死を招いたな」と呟き・・・。
 そして本能寺は炎上。

 本能寺に討ち入ったのは斎藤利三(内蔵佐)、光秀の重臣で後の春日局の父、の一隊。
 (信長公記、日本王国記等から推察)

 こんな感じであったと思えるのですが、とすると、この事件?にアプローチしようとする場合。


 A 斎藤利三は光秀の指示で信長を打った(のか?)
 B 斎藤利三は光秀の指示無く信長をうった(のか?)

 と先ずは斎藤利三を主語として問題提起をするべきでは無いのか?と思える訳です。
 (これが私の疑問の一つです)

 この前提で少しばかり妄想を拡げてみますと・・・。

 上記の A の場合に、光秀は個人の意思により斎藤利三に信長を打つ支持を出した、Aーa。
 光秀は何物(複数可)かの指示、或いは唆しに依り信長打つ指示を出した、Aーb。
 大まかに分けるとこの2パターンが考えられる訳でして。
 Aーaが一般に史実として教科書にも載る説。Aーbが所謂”黒幕説”。

 Bも同様に、Bーa、斎藤利三が個人の意思で本能寺に討ち入った。Bーb、斎藤利三は何物かの指示や唆しに依り 本能寺に討ち入った。と分けられますが、そうなると・・・。
 Bーaだと、光秀は斎藤利三の謀反?に巻き込まれた。Bーb、光秀は何者かに嵌められた。となりそうです。
 (こんな説を唱える人はいるのかな?まあ、有りそうですが・・・)

 そして、4つの考え方には各々に疑問点も生じる訳で・・・。
 例えば・・・。

 ・Aーaの場合、本能寺炎上後の光秀の行動が余りにも非迅速、非合理的に思える。また光秀の動機は?(怨恨説は、忠臣蔵同様に元禄期か、それ以降に作られた物でしょうから)
 ・Aーbの場合、黒幕(達)は、一体何時、光秀に指示を出したのか?その時間、手段は有ったりのか?(光秀に最終的に本能寺に参集の書状が届いたのは前日の6月朔日)
 ・Bーaの場合、斎藤利三の動機は(長曾我部との関係か?)?山崎の合戦の後、捉えられ市中を引き回される斎藤利三を観て公家の勧修寺晴豊が記した「かれなど信長打”談合衆”也」の言葉との整合性は?
 ・Bーbの場合は、Aーbと同様の疑問が・・・・。

 他にも、江戸幕府に置ける春日局の位置づけの不自然さは如何な物か?とか・・・。

 とまあ、簡単に考えてもこれ程の疑問がある訳でして、勿論それぞれの疑問にそれなりの答えも用意は出来ますし、それぞれの場合においてそれを肯定する答えも用意は出来る訳ですが。
 そして更に疑問は疑問を呼ぶのですよね。(例えば、黒幕となりそうな(人)物でも、正親町天皇、公家衆、イエズス会、秀吉、家康、堺衆、毛利、細川、吉田神道、長曾我部、義昭・・・・・・、或いはその連合等)
 

 少々妄想を膨らませてみましたが何が言いたいかといいますと、歴史を考察するって結構面白い訳で、本能寺一つとってもこれくらい妄想を膨らませる事が出来ましたし、近現代史や世界史となれば更に・・・。
 加えて言えば歴史なんて、後の権力者(支配階級)が自分達の都合で書き上げ流布する面が多いですしね・・・。
 
 どちらにしろ人間や人間の営み、興味深く思います。またそうした事について考える事も。そうした営みの中に、或いは一部に自分も生きていて、そして死んでいく訳ですから・・・。


 旧正月という時期の所為かそんな事を考えましたね(おっと、一行目に戻ってしまった・・・)。

 

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