2014/03
11
[ #586 ]

震災から3年

 今日であの震災から3年なのですね。
 広島の田舎に住んで居ますと、震災の話題を耳にする事も年々少なくなりまして・・・。特に私の様にカウンターの内側に籠っている生活をしていますと、TVを観る事も少なく震災関連のニュースに接す事も減った気がします。
  


 更に言えば震災や原発の事を話題にする事も、どことなく憚られる様な雰囲気も・・・。


 しかし、実際に東北に行って来られたお客様の話を聞かせていただいたりしますと「思った以上に復興が進んでいない印象を受ける」と言われます(たしか先日の世論調査のアンケートでもそうした意見が多数であったようで)。

 復興が遅れている理由は色々と有るのでしょうが、私としてはやはりどうしても「原発(事故)さえ無ければ・・・」との思いが湧いてきます。

 こうした事を書きますと、「では、地震や津波で死んだ人の事は良いのか?」何て言われそうです・・・。 
 確かに、地震や津波で亡くなられた方やその遺族の方の事を思うと胸が痛みます。


 しかし考えてみれば我が国は太古から、地震・津波・台風・火山噴火・大雨・・・、といった天災の多い国土の上に成立し暮らして来た訳で、そうした天災のもたらす物に対する文化(儀礼・作法・慣習・思想・・・・)も持って居た訳でしょう。
 そして今回の震災に関しても、本来ならばそれらの儀礼等を通じて悲しみから立ち上がり、復興に向かえたのでは?と思えるのです。
 原発事故さえ無ければ・・・・。


 ではそもそも原発、或いは核エネルギーとは何なのか?

 私が思うに、それ(核エネルギー)は正に(現代)文明の象徴と言えるのでは無いか?という事。

 では、”文明”とは?
 
 これは言ってみれば”手段”であろうと。

 ”手段”?、何の為の・・・?

 それは、人類が利便性や実質的な力を増大する為に手に入れた”手段”である、と。
 (文明の定義付けは色々と出来そうですが、文明=人類が自らの利便性や力を得るために生み出した手段、と考えるのが最もスッキリするのです)


 約1万年前の灌漑農法(穀物生産)から始まり、貨幣の発明、火薬、活版印刷、化石燃料の利用にに依る外燃機関・内燃機関、電気エネルギーの利用、通信技術、コンピューター、インターネット・・・、等々。 
 確かにそれ等は人類の生活の利便性を増し、豊かに、安定し、強い物にしたでしょう。

 しかしそうした”正”の面も生み出した同時に文明は”負”の部分も生み出したと思うのです。
 (恐らく、正と負は表裏一体、良い事を定義付けるとと同時に良くない事も定義付けられる様に・・・)

 そして現代社会は、この負の側面を敢えて見ない様にし、無視して成立して来た様に思えます・・・。(2度の大戦を経験したにも関わらず・・・)


 それが3年前、その負の側面を現前に突き付けられた訳ですよね(放射性物質等々といった形で)。
 そして、その余りの大きさに立ち竦んで居る。(或いは、慌てて無かった事にしようとしている。覆い隠そう。無視しよう。忘れよう。または何とかしよう。・・・・としている。)
 
 
 言い換えれば我々は、原発に象徴されるような現代文明に対する”文化”を築け無かった、という事なのかも知れません。

 では、これから築いてゆけるのか・・・・?

 震災から3年。そんな事を思いました・・・。

 ますた

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