2014/05
15
[ #608 ]

文明と文化

 最近、文明・文化という言葉が気になっておりまして(あまり一つの事柄に囚われ過ぎる事は良く無いと解ってはいるのですが)。

 閑話休題、先月文明は手段で文化は足掻きでは無いのか?等と書いた記憶が在りますが、それを少しお酒の視点から見てみますと・・・。

 18世紀にイギリス、ロンドンではジンエイジと言われる時代がありまして・・・。産業革命によりジンが大量生産され廉価に出回る、また都市部に下層労働者が集まり、そうした労働者が労働の苦しみから逃れるためジンに逃避し死んで行くといった時代(一説によると下層労働者の平均寿命は30に達しなかったとか・・・)。
 またその後、フランス等でも産業革命が起こり、蒸留酒も普及しアルコール依存という問題が浮かび上って来る。
 
 そうした状況に政府や社会はどういった対応をしたのか?といいいますと・・・、
 最も有名な物は米国の禁酒法ではないかと思われます(他、英国ではジンに掛ける税金を増やしたり・・・)。
 禁酒法は1914年に成立し1920年~33年まで施行された法律で、基本的に酒類の製造販売を禁止する法律なのですが、こういった物が言ってみれば文明的手段と思うのです。
 成文法という手段、あるいは対処療法的手段。
 
 そして禁酒法が施行されていた時期の米国、もぐり酒場や酒の密造・密売が盛んに成り、結果として逆に酒類の消費量が増えたとも言われています。
 そして1933年に禁酒法は廃止となる訳です。

 では、成文法的でない対処とは?・・・・といいますと。


 ここで思い出すのが「酒と薔薇の日々」という映画。アルコール依存をテーマとした名作ですが、この中でアルコール依存となった夫婦が飲むのがジンのストレート。
 どういうことかといいますと、ジンをストレートで飲む人間・行為はアル中の所業、言い換えれば人間失格という不文律(お約束・文化・慣習・等々)を、英米は足掻きの後に生み出したという事なのでしょう。
 「失われた週末」という映画ではライウイスキーでしたので、安酒を酔っ払う目的の為だけに(特に一人で)飲むのはアウトという文化と言っても良いかも知れません。

 詰まりは、成文法=手段=文明的で、不文律=時間をかけて出来あがった慣習(お約束・常識)=文化のような物、と言っても良いのかも知れないな?と。

 そして現代、法事国家=成文法で統治される国=文明国家=正しい国の在り様となっているように思えますが、確かにある面そうでしょう。
 成文法って白黒はっきりして解り易いですしね(笑)。
 唯、同時に”成文法に記載されていない事は何をしても良いのだ”的に陥っている面も出て来ている気もします。
 そして、その穴を塞ぐ為に新たな条文を造ったり・・・。
 何やってんだか?って気になりますね(笑)。

 何となくはですが、不文律(お約束)という物を皆が解っていて、成文法は補助的な存在である方が暮らしやすいといいますか、文化的という気がするのですが・・・・。

 振り返って日本の江戸時代、正にそういった時代であったように思えます。故に世界の歴史学者からも高く評価されるのでしょうし、また我が国の評価が高かったのもその遺産故という気もします。
 (そして、私も惹かれると・・・、笑)

 相変わらずの戯言です。

 

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