2014/05
23
[ #611 ]

またまた京都 2

 明けて2日目、気合でベットを抜け出し早めの時間から街歩きを開始。
 先ずは、朝で人通りの無い先斗町を南から北へ歩きます。

 先斗町

 しっかりと打ち水がしてあり気持ち良いのです。流石は京都の花街、他の町の歓楽街とは違います。
 先斗町、”一人で歩くにゃ広すぎる二人で歩くにゃ狭すぎる”等と言いますが、私は当然一人歩き。

 ここから更に北に向かい、旧木屋町辺りを通って・・・、

 木屋町辺り



 目指したのは二条新地跡。
 多くは無いですがそれらしい建物も在り、雰囲気も僅かながら感じられます。

 二条新地

 
 更に北に歩き、旧東三本木遊郭跡へ・・・。ここはこうした場所です。

 三本木高札 三本木碑

 広島に縁の頼山陽先生も一時期滞在されていたとか(昨年訪れた丸山遊郭の花月にも頼先生滞在の書斎が残されていました・・・。昔の遊郭は文人・墨客の集まるサロン的な面も強かったですのでそうした物なのでしょう)。
 この東三本木遊郭跡、路地の造り等がいかにもといった物で、建物もわりと残っています。
 例えば、

 東三本木建物

 更にこの銭湯何て雰囲気です・・・。

 三本木銭湯




 ここから思いつきでUターン、細見美術館まで歩く事に。

 が、しかし・・・、

 細見美術館
 
 確かに月曜日ですし、京都春の観光シーズンも昨日の日曜日で一段落ですからね。(思いつきで行動してはいけませんね)

 ということで、更に歩いて平安神宮へ・・・。

 平安神宮


 平安神宮。名前は平安と付いておりますがその存在の有り様、私としては”明治”という時代を強く感じてしまいます。
 他、市美術館(休館日故、建物の外観のみを愛でさせていただき)や伝統産業ふれあい館の展示も拝見。

 市美術館

 (確かこの辺り、昭和初期に京都博覧会の会場であった場所、そうした意味でも近代化という言葉・時代が意識されます)

 来る時に目に付いた古本屋を覗きながら(古本屋という空間も私の好きな空間の一つです)先斗町周辺まで取って返し、雰囲気の良い喫茶店で昼食替りのビールを一杯。(今日もか?)
 これで時間調整しこちらに向かいます。

 鴨川おどり

 先斗町歌舞錬場。鴨川をどりが開催中。ここで他の方と待ち合わせ。
 鑑賞券&お茶席券を皆様にお配りします(少しは主催者らしい事もしないとね)。
 皆様と一緒に鴨川をどり・・・・は観賞せず・・・・。(したい&するべきという気持ちは強く持っていたのですが、どうしても行って観たい場所がもう一つありまして・・・。)
 皆様と別れ、一人電車に飛び乗りました。



 訪れた場所・・・・、それは、橋本。



 橋本および山崎周辺、地図で確認しても解るのですが、桂川・宇治川・木津川という3本の立派な川が合流し、淀川となる場所です(更に橋本には運河的な大谷川も・・・)。
 明治になり鉄道が敷設される迄は(あるいはその後もしばらくは)水運が流通の主役な訳ですから、そうした意味でこの地域は重要な地域だった訳です。更に、エゴマ(油)の名産地としても古代から著名で油座が存在もしていたり。
 そうした理由もあるのか、北西に一時期、長岡京という都が設けられてもいました。
 長岡京が廃止され平安京に移りますと山崎側には西国街道が、橋本側には京街道が設けられ(この2街道、山越えせず京~大阪間を結べる重要な街道、山崎辺りには駅も設けられ・・・)、また、この2街道を結ぶ橋が橋本から山崎に架かっていた事もあります。更に橋が無くなってからは渡し舟が通っていたり・・・。

 こうした土地ですので、歴史上著名な事が多く起こっています。
 楠正成の子別れ、秀吉・光秀の山崎の合戦、鳥羽伏見の戦いの場にもなっています。(橋本には幕府軍の陣屋が設けられていました)
 更に橋本の西、男山には石清水八幡宮もあり、その参拝者の宿場町・門前町的な要素もあり・・・・。

 という事で、橋本は江戸期より飯盛り女の多い宿場町・茶屋町として名を馳せて来た場所です。

 そして明治中期以降は遊郭として・・・。


 ということで、何はとまれその遊郭跡を愛でさせていただこうと、京阪橋本駅に降り立つ私なのです。


 
 そしてこの街、見事に私の好みに合致。

 先ずは、駅の山手にこの建物。

 橋本遊郭歌舞錬跡


 旧橋本遊郭歌舞錬場跡です。
 (確か橋本遊郭、昭和の始め頃に芸・舞妓は殆ど存在しなかった筈ですので、五条楽園と似た経緯で造られた物ですかね?)

 また駅から大阪方面に少し歩いた場所に(駅周辺にもそれらしい建物が残っています)この銭湯が・・・、

  橋本湯

 近くに大門の跡の様な物が在ります、ここが大阪側の入り口でしょう。


 ここから淀川の川土手(旧国道1号)に上ってみますと・・・、こんな感じです。

大谷川沿い


 そそこから大谷川沿いに降り、遊郭の川側の入り口と思える栄橋を渡ったところに渡し場であったことを示す石塔が在ります。

 石塔

 この石塔から駅方面に少し歩き右に曲がると、先の銭湯・橋本湯に至る橋本遊郭(中之町)のメイン通り。
 またこの辺りで京街道が枡形(クランク状)に成っています。
 そのメイン通りに入りますと・・・・。美しい妓楼建築が残っています。

 メイン通り

 いつもでしたら”見事な”と表現する事の多い私ですが、ここの妓楼建築は”美しい”と表現したくなるのです。
 その理由、各々の建物が揃って二階建ての日本建築の様式である事、欄間や玄関周辺の造作が洒脱である事、現住建造物として人が住まわれ手入れされている事・・・等々、ですかね。

 勿論、痛みの目立つ建物や、空き地や駐車場と成ってしまっている所もあり、町並みも少々歯抜け状態では有るのですが、これほど往時の雰囲気を保っていると思われる場所は希少ですね。
 例えば・・・。

 建物 欄間 欄間他2 欄間他 玄関灯 ステンドグラス

 (他にも目を惹かれる物が多く有ります)(個人的には、何とか町並み保存してもらいたい場所です)



 そうこうしているうちに次の用事を思い出し・・・。

 それは淀川を挟んだ対岸の、サントリー山崎蒸留所の見学。
 淀川の土手に立つと対岸にありますサントリーの工場が目視出来るのですが、淀川を渡る手段が無いのです。
 悩んだ末、再び電車を乗り継ぎJR京都駅経由で向かう事に・・・・。(なにやってんだか・・・)



 
 ここの見学は確か4年振り位。

 蒸留罐

 ハイボールブームでウイスキーが良く売れている所為か、蒸留ポットはフル稼働状態の様です(おかげで部屋が暑いこと・・・)。また昼間の気温上昇の故でしょう、樽の貯蔵所もアルコールの香りが充満し、酔いそうでした。


 こんな感じで一泊二日、良く歩き回った京都でした。

 





 追記

 しかし橋本遊郭跡は見事でした。
 何故こうして残っているのか?勝手な推察をしてみますと・・・・。

 本文にも書きましたが、ここ橋本の地は鳥羽伏見の戦いの戦場の一つにもなっており、その戦災で焼けています。そして明治となり街の復興(今でいう町おこし)の手段として選ばれたのが遊郭であったのでしょう。

 確かにここを訪れてみますとそれ以外の手段は無かった様にも思われます。
 西は淀川が迫り、東は男山の山裾が圧迫感をもって迫っています。この二つに挟まれた狭い土地。
 更に明治になり国鉄東海道線が山崎側を走るに至り、人や物の流れは急速にそちらに移行したでしょうし、ある程度残った淀川の水運にしろ、三十石舟から蒸気船に移行し橋本の河岸機能の重要性も低下したでしょうから・・・。
 (この辺り、瀬戸内の汐待ち、御手洗と比較もしてみたくなります)
 (また、石清水八幡の門前町としての存在や交通の結節点の機能も、恐らく隣の八幡市に移ったでしょう)

 結局、江戸期の茶屋街の伝統を引き継いだかたちで遊郭街となるのが唯一の選択だったと思われます。
 その遊郭に特化するしかなかった事、覚悟が、統一感のある街並みや洒脱な装飾を生みだした遠因の一つではないか?思ったり。

 また、京阪橋本駅の開業は確か明治43年。詰まりこれ以降に最盛期を迎えた街(もしかすると昭和33年に近い時期が最盛期なのかも知れません)。
 そして、歌舞錬場があるということは、昭和33年以降も花街として転換し生き残ろうとしたという事でしょう。
 もしかするとこの街の妓楼建築、他地域に比べ、少し新しいのかも知れません。
 等々・・・。



 閑話休題、京阪橋本駅。往時は正に遊郭の駅といった存在だったのでしょう。
 当時、日が暮れた後に電車でこの駅付近を通過する人々の目にはどの様な風景が映し出されたのでしょう(また、渡船に乗り大谷川に入って来る人々の目には・・・)。
 正に紅灯の街が映ったのでしょうね。

 そんな事を思ってしまいました。機会があればもう一度ゆっくりと訪れて見たい街並みです。

 

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あら
お友だちのたこ焼きいっちゃんは石清水八幡宮のふもとで営業しています
まぁ土日だけですけど(笑)
土手の上の国道はいつもたこ焼き行く時に通ってます
風情のある街並みやなぁと思ってたけど知りませんでした
ほんと詳しいですね!

12時すぎに はおっち さんから

2014/05/28(水) | URL | #-

2014/05/28 - ■■■

ありがとうございます。実は結構マニアな私なのです。実はバーテンダーという人種全般に、結構マニアな人が多いという気もしますが。

19時すぎに ますた さんから

2014/05/28(水) | URL | #-

2014/05/28 - ■■■

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