2014/06
16
[ #619 ]

リキュールのはなし 4

 前回、1575年創業のボルス社が世界初のリキュール製造販売会社・・・・等と書きましたが、実はそれより古い年号が記されたリキュールも有るのです。

 例えばコレ。

 アマレット


 ディサローノ・アマレット

 ラベルに1525の年号が・・・。

 disaronno.jpg


 次のような逸話に基づいて記されている物です。

 1525年、ミラノ近郊のサローノ街にあるサンタ・マリア・デ、グラッチェ教会に、ダ・ヴィンチの弟子に当たるルイーニという画家がフレスコ画を描くために派遣された。
 そしてそのフレスコ画を描くあいだ逗留していた宿屋の女主人と仲良くなり彼女にも絵を送った。
 そのお礼として女主人は宿で造っていた人気のリキュールを彼にプレゼントした。
 その後(19世紀初頭)、このレシピに基づき製造販売される様になったのが、この酒。
 ディサローノ(サローノのの意)アマレット。

 
 簡単に書けばこうした話なのですが、この逸話に結構興味を惹かれるのです。

 それは、当時宿屋等がリキュールを造っていたという事実が語られているからです。(他にも教会との関係とか・・・)


 ここで思い出すのが、一つは以前観たブリューゲル等のフランドル派の絵画によく書かれている居酒屋の絵。(村の民家の様な建物の軒先に酒を入れる壷等がぶら下げてあるのがその査証)
 詰まり当時の村や町、街の中心に教会が在り、その近くに宿屋兼居酒屋兼よろずや的な存在が在り、そこで酒を造っていたらしいということ。(更にそこで冠婚葬祭や祭りの宴会の様な物も開かれていたであろうという事)

 まあ、英国圏のパブの起こりを思い出しますね。

 また更に思い出したのが、昔飲みに行ったバンベルクのスペチアル醸造所。この建物、バンベルクの街のプラッツ近くに在り宿屋(プチホテル)なのですが、ビールも醸造していまして(現在はそれが有名)、1Fがビアレストラン、中庭がビアテラスとなっているのです。更に近所の方々今でも通い瓶(缶)を持ってビールを買いに来られる・・・。

 スペチアル  通い缶

 
 中世のヨーロッパ。村の中心に教会があり、近くでその村の庄屋的な家がよろずや兼居酒屋の様な事をしていて、そこでビール等も造っていた。場合によってはそこが宿屋にもなる・・・。
 そしてそこで造られるビール等は、基本的に自家消費。流通に乗ること無く村内で消費されていたという事でしょうね。

 そして初期の蒸留酒やそれをベースにしたリキュールもそうした場所で造られる様になっていった、ということがこのディサローノ誕生の逸話から推察出来るのですよね・・・。
 興味深いです。


 そしてこのディサローノの逸話から50年後。”ボルス”というリキュールを(大量に)製造し”(流通にのせ)”販売する会社(企業)が誕生する。
 ボルス社の誕生はそうした物事(近代への移行)の象徴的とも思えるのです・・・。

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