2014/07
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[ #628 ]

ウイスキーのはなし 2

 以前ウイスキーが史実に登場する嚆矢は、1172年にイングランドのヘンリー2世がアイルランドに遠征した折に現地の人々が穀物由来の蒸留酒を飲んでいる事を見て記録に残した物・・・と書きましたが、では現在においてある種主流ともいえるスコッチ・ウイスキーは何時頃から造られ始めたのか?


 勿論正確な事は判らないのですが、ヘンリー2世のアイルランド遠征からそれほど遠くない時期にアイルランドから製法が伝わり、スコットランド西部から徐々に普及したのではないかといわれています。
 また文献では(著名な話ですが)1494年のスコットランド大蔵省の記録に「修道士ジョン=コーに発芽大麦を与え”aquavitae”をつくらしむ」と有るのがその嚆矢として知られています。


 役所(あるいは王室か?)が修道士に発芽大麦を与え蒸留酒を造らせた・・・?
 となると、修道士が、あるいは教会で蒸留酒を造っていたのか?と読めそうですが・・・・。

 どうなのでしょうね?
 確かに修道院で造られたビール、現代でも結構有りますし、ワインの製造に修道院が関わっている事も多いですし・・・。 ウイスキーもそうなのか?

 個人的には一寸違うようにも思えたり・・・。

 確証がある訳では無いのですが・・・。

 当時のスコットランドやこの修道士がいた町がどんなところか判りませんが、少なくともイングランド南部や、地中海周辺から見ると結構辺境の地といった場所ではないかとおもえます。
 そうした地域の町といいますか村といいますか、町の中心辺りに広場が在り、その側に教会が建てられ街の中心となり、広場周辺に商店(よろず屋)の様な物が在り・・・・。
 そして、教会がある種の行政機関的な役割も果たす・・・。

 そういえば我が国で造られた「国分寺」なんて物もそうした物でしょうし・・・。中央の出先機関的に・・・・。

 そうなると修道士に麦を与え蒸留酒を造らせたということも”その村に与えて造らせた”という事ではないか?と思えるのですよね。

 そしてスコットランドの中心部(エジンバラ)辺りでは、ウイスキー(あるいは”aquavitae”)は造られてなかったし、珍しい物だったということでしょう。
 といいますか当時のウイスキー、スコットランド北東部の地酒的な物で、基本的に自家消費される物であったということなのでしょうね。
 まあ自家消費といいましても、個々の家が自宅にて造り自家消費といった事(だけ)ではなく、村内消費といった物でと思われます。
 まあ、流通に乗る物では無かったと・・・。

 以前1575年にオランダで創業したボルス社が、世界最初のリキュールの製造販売会社と書きましたが、詰まりそれ以前は、リキュールや蒸留酒、そして多くのビール類も基本的に流通に乗っていなかったという事と同様なのだと思うのですよね・・・。

 恐らくワインを除いては・・・・・。

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