2014/10
19
[ #656 ]

Fomula E ?

 一月ほど前の事、観るともなしにTVを点けておりますと”Fomula E”の開幕戦何て物が放映されておりまして、遂に時代はここまで来たのか?等とという想いもありで観てみたのですが・・・・。

 観終わっての感想は、”何ですかこれは?”・・・。
 


 開幕戦という事もあり予備知識”0”で観た事もあるのでしょうが、感情移入出来ないといいますかアドレナリンが出ないといいますか、兎に角私が想うモータースポーツという物とは少々異なる印象だったのです。

 その違和感の正体はといいますか・・・、
 例えば最終ラップの最終コーナーで大きなクラッシュが有り、それが非常に不味い(コックピット側からウォールにぶつかるという)形の物で、これは不幸な事故になったかな?と思って観ていますと、パイロットはピンピンしている訳です。
 恐らく80年代以前のF1等では死亡事故かそれに近い物になっていたと思うのですが・・・。

 別に死亡事故が観たい訳では無いのですが、完全なる安全が確保されたモータースポーツって如何な物かと思う訳なのです・・・。


 勿論そうなりますと、そもそものモータースポーツの魅力とは何ぞや?という事も考えなければいけない訳ですが、私が思うモータースポーツの魅力。それは現代の”祭り”の様な面を持つ事ではないかと思うのです。あるいは祭りがもつ”ハレ”の空気、時間、空間、その香りの様な物がその魅力・意味ではないかと思っている訳でして・・・。

 では”ハレ”とは・・・・。
 まあ非日常ですかね。それに対し日常は”ケ”と言われますが・・・・。


 日常、詰まり”ケ”の空間では無益な争いをしない事、闘争しない事が”善”な訳で、またその為に人々が持つ動物的・本能的な面や衝動を表に出さないようにしなければいけない訳ですよね。
 例えば性的な事や死の香り・・・、
 言い換えれば日常では、危険な事はしない、無駄はしない、むやみに異性にモーションをかけない・・等々。
 にも繋がる訳で・・・。


 それに対し非日常”ハレ”=”まつり”の日には、(年に一度)男達は自らの男らしさ・勇敢さ・遺伝子の優秀さアピールするために適度な闘争が承認される。また、夜這いなども可であったり、無駄=蕩尽も肯定される。

 伝統的けんか祭り等が典型でしょう・・・。
 早い話がホモサピエンスの発情期の様な物ですかね? (笑)
 
 またそれ故に危険や死の香りもつき物で、空間を包む(鳴り物の等の)音も必須。更に恐らく参加者からアドレナリンやフェロモンの香りも析出しているでしょうし・・・。その辺りがまつり(ハレ)の魅力と思うのですが・・・・。


 振り返って”Fomula E”。排気音も無く、環境にも配慮し、安全で・・・・・・・。
 しかしそれって、日常(ケ)の領域の物ですよね?

 そんな訳で結局”Fomula E”、単なるイベントとなっている様に見えるのですよね。(観客の表情を見てもアドレナリンが出ている様にも思えないし・・・)

 まあ21世紀、生活自体がサバイバル的になりつつある故か、逆にイベントや祭りでやたらと安全とか、繋がりとか、癒しとか、仲良くとか、絆とか・・・・、声高に言われるのかも知れませんが、それって私からすると”逆じゃない?”と感じるのですよね・・・・。

 まあそうした面でも”Fomula E”は21世紀的なのかも知れませんが・・・・。
 (スペインでは闘牛も禁止になったそうですしね)



 では旧来の祭り的空気を保ったモータスポ-ツはあるのか?といいますと・・・、
 ”マン島TT”が思い浮かびます。

 島を閉鎖しての公道レース。(未だ100年には至って無いでしょうが)長い歴史のあるレース。そして死者は・・・、
 恐らくのべ240名以上。つまり毎年3名近い死者を出しつつ続いている訳で・・・。
 これこそ祭り的といいますか・・・。まあ、我が国でも諏訪の御柱祭等も怪我人が毎回出ても続いている訳で・・・・。


 マン島、確か独自通貨発行したり・・・、で ある種都市国家的、独立国家的要素もあるゆえ可能かも知れませんが・・・。闘牛すら禁止された今日、このTTレースだけは変わらない形で続いてもらいたいですね。
 (モルトの蒸留所は確か無かった筈ですが一度は観に行ってみたい場所、レースですもの)
 
  

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