2014/10
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[ #659 ]

シェリーのはなし 3

 14世紀半ばから15世紀半ばに架けての100年戦争で英国はボルドーを手放し、それに寄って英国に輸入されるワインの産地がフランス(ボルドー)から、スペイン産(シェリー)の比率が増えていった・・・・、何て事を書きましたが、ではその後は・・・・?
  

 
 順調にシェリーの輸出量は増えていった様です。しかし、ここで問題が起きるのですよね・・・。

 それは英国のヘンリー8世の離婚問題。
 これが基で当時の教皇はヘンリー8世を破門(1538)、これを切っ掛けに英西間の関係が悪化して行くのです・・・。

 で、海賊の登場とか色々と・・・。更に英西戦争(1585~1604)へ・・・。

 で、シェリーの出荷も減少・・・・、
 となったかどうかは実は良く解らない面も有りそうで・・・・。



 こんな話があります。

 1587年、カリブ海周辺を荒らしまわった著名な海賊”フランシス=ドレイク”がカディスの港を襲撃、多量のシェリーを略奪、その多くを英国王室に献上。これを切っ掛けにその後の英国王室でシェリーがブームとなり、消費も飛躍的に増えたとか・・・。
 もしかしたら休戦後の事かも知れませんが、戦争と商売は有る面、別、という事なのかも知れません・・・。

 閑話休題、このときドレイクが略奪し王室に献上したシェリー。今で言えば”オロロッソ”と言われるタイプだったそうで・・・。といいますか、当時ヘレスで造られ(カディス等から)出荷されていたシェリーは全てこのタイプであったとか・・・。(シェリー=オロロッソであった) 
 アモンティリャードやフィノなんて言われるタイプが出てくるのは、だいぶ時代が下ってからだそうです・・・・(19世紀)。

 となりますと、シングルモルトウイスキーが詰められた樽も、初期はオロロッソの樽であったという事なのでしょうね。

 しかしカディスが輸出港として著名になる前、シェリーの輸出港はサンルーカル・デ・パラメーダで有った訳で(そういえばコロンブスもここから出航した事があった筈・・・)、そこの名産といえば”マンサニージャ”・・・・。
 当時のマンサニージャはオロロッソの様なタイプだったのですかね???


 閑話休題、当時の英西関係がらみの逸話をもう一つ・・・。

 16世紀に英西関係が悪化、英国の私掠船がスペインの船を襲ったりすることが多くなり、スペインの軍艦と英国の私掠船が戦うなんて事がしばしば起こるようになるわけですが、当時英国の私掠船を追いかけていたスペインの軍艦「エル・カルヴァードル号」が嵐に遭遇、フランス北西部ノルマンディーの海岸に座礁する・・・。
 この船の名に”カルヴァドス”というお酒の名は由来しているという話。

 この辺りも含め歴史とお酒の関係、興味深いのです・・・・。



 因みにこれは以前訪れた時のカディスの港・・・。
 
 カディス
 
 

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