2014/12
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[ #676 ]

日本の酒のはなし 5

 中世、我が国の酒では火入れや諸白造りといった技術革新が行われたと前回書きましたが、では他には?といいますと。

 焼酎が造られ始めたのもこの頃の様です。

 はっきりした事は解らないのですが15世紀頃には造られていた様子。
 東南アジアや中国南部から琉球を経由してその技法が伝わったとか・・・。

 日明貿易が明の海禁政策等に拠り中止されていた時期ですかね?また、それに拠り貿易地として琉球が発展した時代でしょうか?

 また、イエズス会が16世紀半ばに薩摩を訪れた折には既に焼酎(オラーカ)が存在していたという記録も有りますので、それ以前という事は間違いないのでしょう。
 
 一旦技法が伝われば、其処は器用で探究心が強い日本人、蒸留技術も我が物とするのもそれ程難しいことではなかったのかも知れません。


 ではビールやワインは?といいますと・・・。

 この時期、ポルトガル人等が持ち込んで来た物は有った様ですが、どうも日本で積極的に造られてはいない様子。
 やはり我が国は米文化の国という事なのでしょうかね?上記の薩摩の焼酎もどうも米焼酎のようですし・・・。

 他には?といいますと・・・。

 どうもリキュールが造られていた様子。

 それは忍冬酒といわれる物で、徳川家康がお気に入りだったとか・・・・。
 確か駿府あたりではその後も戦前まで造り続けられていたとか・・・・。

 この忍冬酒、往時、忍冬=”スイカズラ”を焼酎に漬け込み造られていたとか。

 スイカズラ、海外では”エルダー=フラワー”という名で呼ばれるハーブと同じ種類の植物・・・。

 となると・・・・。


            サンブーカ

  
  これに近い物だったのですかね?

 イタリア名産のリキュール「サンブーカ」。

 
 洋の東西似たような物を造っているといいますか・・・・。

 もしかするとポルトガル人、或いはスペイン人やイタリア人が伝えた物を国産化したのかも知れません。(イエズス会やフランシスコ会、イタリア出身者も有った様ですから・・・)
 家康に限らず当時の戦国武将、海外貿易やそこからもたらされる利益にかなり御執心の様ですし、家康もその辺りかなりヨーロッパ商人との付き合いも有った様子ですしね。

 想った以上に16世紀~17世紀初頭は海外との貿易が盛んであった時期の様です。

 そうした(海外・世界史)の視点で当時の日本を読み解く事も興味を惹かれますね。
 或いは酒を切り口として・・・・。
  

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