2009/07
29
[ #70 ]

雑考 16 ハレ

 ”ハレ”の意は非日常とするのが尤も適当かと想うのですが、この日常と非日常(ハレとケ)を人類が使い分ける様になったのは何時頃からなのでしょう・・・。



 私は人類が比較的大きな集団(村と言っても良いかも)を形成し、その集団に成人した男性固体が多く残るように成った事がきっかけでは無いかと想うのですが・・・。

 群れを作る哺乳類の殆どは群れの中に成長したオスは多く残らないですよね。
 オスなるもの、同種のオスに対してどうしても、競争心であったり、攻撃性であったり、裏返しの恐怖であったりの感情が発生し、中々一緒に暮らすのは難しい。
 その感情を理性等で押さえ込んで集団生活を営む事と成ったのでしょうが、当然、ストレスが発生する。
 それ故、それを開放する為に出来たと考えるのです。
 また、それは、個々の男がオス的に戻り、女にアピールして良い空間として機能する意味も大きいのでは等と想う訳ですが。


 振り返って今の日本では、岡山西大寺の裸祭り、岸和田のだんじり、話題の蘇民祭り、伊予西条の喧嘩神輿、等の荒っぽい祭りに象徴的に残っている気がします。


 また、ハレ(非日常)の他の意味としては、各地の秋祭り(これは蕩尽としての非日常として)、また、お盆、イヨマンテ等(彼岸とシガンの関係で)、また、村同士の大綱引き(擬似的戦)の面が表に出るものも有ると思います。
 それらにしても、夜這いがついて回ったり性的な面は否定出来ない気がします。また、怪我人等も容認される・・・。(それが目的では無い気もしますが)


 結局、祭り(ハレ)って、日常を支配している”お約束”(不文律だったり成文法)を無くして、別の”お約束”(不文律)に成る事に意味が有ると私は考えるのですが・・・。(あるいは、動物的本能を開放する時間、空間)
 昨今では、祭りで怪我人が出て主催者責任が問われたり(伝統的祭りでは少ないかも知れませんが・・・)、ポスターが卑猥だと問題になったり・・・。
 ナンダカナ?と想いますね。



 私自身、高度成長期に育ち、村の伝統的祭りも殆ど無く(また、積極的に参加する方でも無く)、自分自身でハレを見つけようと足掻いた気がします。(私にとってはバイクでサーキットを走ったり、峠で膝を削ったりがそうだったのかも知れません)
 故に、各地で成人式が荒れたりするのも一寸仕方ないか等と想ったりもします。今の若者にとってのハレは、そういった場所か、TVのバラエティーか、ゲームの中なのでしょう。

 かといって、村おこしとして、新しい祭りを創設したり、伝統的祭りの復活をうたっても効果はどうなのですかね(勿論、よさこいソーランの様に効果が有る物も否定しませんが)。

 伝統的祭りが残っている地域は本当に幸いだと想います。

 
 また、夜の街も有る面ハレの空間でしょうが・・・。   

 全くもってまとまりの無い文章、失礼しました。スランプかも・・・。
 
  ますた
 

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