2015/05
19
[ #718 ]

ウイスキーのはなし 3

 スコットランドの地酒ともいえるウイスキー、殆どイングランドに拠るスコットランド虐め的に17世紀頃から課税が強化され始め、徐々に密造酒的になっていくのですよね・・・・。
 


 確か、スコッチウイスキーに対する課税が正式に始められるのが1644年だったと想うのですが、その後年々それが強化されまして・・・。またそこに、オレンジ公ウイリアム(ウイリアム3世)の即位であるとか、スコットランドの併合何て事も・・・・。
 
 時系列的に観ますと・・・・、
 ・1644 スコッチウイスキーに対する課税の開始
 ・1689 オレンジ公ウイリアム即位
 ・1690 フレンチブランデーの輸入制限
 ・1707 スコットランド併合
 ・1725 麦芽への大幅な課税強化
 ・1784 蒸留器に対する課税

 といった感じです。

 こうしたスコッチウイスキーに対する課税の強化は戦費の捻出の為に行われたという説が強いのですが、どうもそれだけでは無いのでは・・・?とも思われるのですが・・・・。

 検証はして無いので個人的妄想ですが、1725の課税強化には、ジンの製造販売の促進という面は無かったのか?という疑問も在りますし。それ以外にも、単にスコットランド虐めとスコットランド人からは捕らえられそうですし・・・・。
 (この辺り、言い換えればプロテスタントの拠るカトリック虐めとも捕らえても良さそうでが・・・・如何に?)
 (また、明治期に東北で起こった所謂”どぶろく争議”との類似性何て事を想うのは私だけでしょうか・・・・?)

 ともかく、1725年の麦芽への大幅な課税強化及び1784年の蒸留器への課税を切っ掛けに、密造が増えたのは確かでしょう・・・・。

 また此処で幾つかの出来事もおこるのですよね・・・・。

 例えば、麦芽への課税を強化された事に拠り、当然、原材料の麦芽使用量を減ずという事が多くなるのですが、それは詰まりグレーンの生産の大幅な増加となる訳でして・・・・・。

 また、ハイランドの業者は山の中や谷間に隠れ密造が行えますが、イングランドに近く山も少ないローランドの業者は隠れる訳にもいかず・・・・・・。

 で、どうしたか?

 グレーンを大量に生産し、それをジンの原酒としてジンメーカーに卸す。そしてこの収入で税金をまかなう・・・・・・。

 また、ジンの原酒用ですから、出来れば雑味の少ない物の方が良い・・・・・。
 そこで、背の高いスチルポットが使われる。
 現在、グレーンモーレンジで使われているスチルポットはこうした由来の物でしょうね・・・・・。


 そうして、もう一つ、樽熟成・・・・・。

 この辺り、樽に入れることに拠りウイスキーが美味しく成る事が偶然に発見された、という説と、ワイン等が樽熟成で美味しく成ることは遥か昔から知られていた訳ですから、意識してやっていたのでは?という説と二つが有りそうですが・・・・。

 まあ、どちらか一つが正解と決めなくても良い気もしますが・・・・、多くの生産者が意識的に樽貯蔵に拠り味の向上を目指したのはやはり19世紀になってからかな?とは思えます。
 また、それは取りも直さず、消費者(ウイスキーを積極的に飲むようになったイングランド人)の嗜好に合わせた面もあるのでは?とも思えたり・・・・。

 そしてその時使われた樽の多くがシェリーの空樽であったとか・・・・・。


 そう、17~18世紀の頃には上質の樽が造れるオークの木は英国には殆ど残っていなかったのですよね(となると、燃料として石炭を利用することが発明されなければ、英国はこれほど発展もしなかったでしょうね・・・・)、そしてまた、英国の港町には貿易商がスペインから大量のシェリーを樽ごと輸入していた訳で、シェリーの空樽はまたある程度安価に流通・再利用される環境にあったのでしょう。さらにガラス瓶が普及するようになってからは、そのシェリーを瓶に詰めて小売する瓶詰め業者も誕生する訳で・・・・。
 そうした瓶詰め業者がウイスキーの製造業者に空樽を供給していた面も当然あるでしょうし・・・・。
 ボトラーズ(瓶つめ業者)の嚆矢はこの辺りののでしょうね・・・・。


 相変わらずまとまりの無い事を書いています・・・・。
 

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