2015/07
19
[ #735 ]

アメリカの酒のはなし

 アメリカの酒といいますと先ず最初に揚がるのがストレート・バーボン・ウイスキーでは無いかと思うのですが、バーボンがバーボンとして造られる様になるのは18世紀末(ジェファーソンがバーボン郡を命名するのが独立戦争後ですから・・・)。しかしというか当然といいますか、それ以前にも北アメリカで造られている酒は有る訳で、先ずはその辺りから・・・・。

 

 
 基本的に北米の先住民(アメリカン・インディアン、ネイティヴ・アメリカン)には飲酒文化は無かったと言われていますので、北米(現在のアメリカ)で酒を造り始めるのは移住したヨーロッパ人な訳ですが、彼らが始めに造ったのはビールでは無いかと想われます。

 例えば北米への移住者として象徴的に語られるピューリタン、或いはメイ・フラワー号(とは言いましてもメイ・フラワー号に乗って移住したピューリタンは確か102名だった筈で、しかも半数近くが移住後間も無く死去したと言われていますのでけっして移住者の主流では無いと思われるのですが・・・・)。

 このメイ・フラワー号が北米大陸に到着するのが、確か1620年。この航海の際、船には400樽のビールが積み込まれていたという話も有ります。ピューリタンは清教徒ととも訳され、今のアーミッシュ等の方々の御先祖的な感じが有るのですが、しっかりビールは積んでいた訳で・・・・・。といいますか、恐らく当時、ビールはアルコール飲料の内に入らないでしょうし、それに長い航海を想定した場合、水よりもビールは腐りにくいと言うことで当時の船には良く積まれていた様です。
 また、確か上陸直後に”食料よりもビールが無くなった事が辛い”といった意味も手記も有った筈で、それ程ビールは重要だったと言いますか、生水を飲む習慣があまり無かったのかも知れません。

 そうして、困っていた彼らを助けたのが現地の先住民であり、良い湧き水の場所を教えたり・・・・、何て話も・・・・・。
 そして彼ら先住民の助けもあり現地で農耕を始めた清教徒達は最初に収穫された穀物からビールを造り感謝祭(いってみれば収穫祭」、我が国なら新嘗祭か?)を祝ったとか・・・・。
 (彼らは英国圏からの移住者ですから、やはりビールということなのでしょうね)
 (またしかし結局、そうした先住民達を後に白人達は虐殺?していく訳ですが・・・・・・)



 そしてその後ワイン等も造られる様もなりますが、次に語るべきはやはり”ラム”ですかね?


 当時(16~17世紀)、砂糖は重要な戦略商品、中南米で盛んに砂糖黍栽培が行われていましたが、北米大陸の南部でもその副産物としてラムが盛んに造られ、これが当時の三角貿易(奴隷貿易・奴隷売買)に重要役割をはたす・・・・・と。

 またその後、北米で穀物生産が軌道に乗るとそうした穀物から蒸留酒(ウイスキー)も造られる様になる。
 実はこのウイスキーも先住民の懐柔等に結構利用されたとか・・・・・。

 現在でもエスキモー(イヌイット)等の問題で語られる事も有りますが、北米先住民は飲酒文化を持たない故、アルコール依存になり易い(或いはそうさせて懐柔する)とか、彼らとの交易品として使うとか・・・、更に、酔っ払わせておいて土地の譲渡証にサインさせるとか・・・・・・・。


 何といいますか・・・・・・・。どうも当時の蒸留酒には生臭い歴史が付いて廻る様です。

 そういえば、アメリカ合衆国初代大統領も、ウイスキー蒸留工場を所有(経営)していたという話もありますし(他、タバコ農場とか)・・・・・・。

 
 最近、ミャンマー辺りが”最期のフロンティア”等と語られる事が多い気がしますが、言ってみればこの北米が最初のフロンティアの地だったと言う事でしょうね・・・・。
 とするとこのフロンティア(スピリッツ)という言葉も一寸考えて見たくなりますね。

 相かわらずのまとまりの無い話でした。
  

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