2015/09
06
[ #749 ]

好きになれない・・・・

 こういった仕事をしていますと、たまにお客様から「マスターはやっぱりお酒が好きでこんな仕事をしているのですか・・・?」とか、「バイクがすきなのですよね?」とか・・・・、あるいは「本が好きなのですよね?」等という質問を受ける事があります。

 基本的にこの手のタイプの質問は苦手でして、一寸はぐらかし気味に答える事が多いのですが・・・・・。


 例えば・・・・、「別にそんな事は無いですよ・・・・」といった風に・・・・。
 (まあ、答えを YesかNoに限定する問い自体如何な物か・・・・、ですよね?)



 あるいはもっと直裁に「マスターは何が好きなのですか?」、あるいは「マスターの嫌いな物は何ですか?」等と尋ねられることもたまに・・・・。
 ではこうした問いに、如何に答えているかといいますと・・・・。
 (前後の会話の状況やその場の雰囲気等々に拠り変えますが・・・・・)

 例えば・・・・、

 「基本的に好き・嫌いといった感情論で物を考えない様にしていますし、またバーのカウンターでの会話に個人的な好き嫌いの感情論は余り相応しく無いとも想いますので・・・・」
 何て答えたり・・・(はい、結構厭味な答え方だとは思っています・・・・)。

 あるいはもっと優しく・・・・、

 「自分では割とどんな物や状況も楽しめる性格だと思っていまして、余り嫌いな物は無いですね、食べ物の好き嫌いも無いですし。 勿論例外はありますが・・・・」
 何て答える事が多い気がします。


 そう、勿論、何事にも例外はありまして、やはり好きになれない物もあるわけですが・・・・・。

 そこで一寸思つくまま記してみますと・・・・、



 流行り言葉という物はあまり好きになれないですね。
 (例えば、「ヤベェ~!」なんて台詞とか、最近やたらと耳にする「安心安全」(これが流行り言葉かといわれると少々??ですが)何て言葉とか・・・。・
 
 また、安直な二元論も少々苦手かも知れません。
 (タダシイ⇔マチガッテイル とか イイ⇔ワルイ とか ソンダ⇔トクダ とか スキ⇔キライ とか ウヨク⇔サヨク ・・・・)
 とかね。


 他には・・・・、



 まあ、あまり苦手な物ばかり列記するもの良いことでは無い気もしますので・・・・・ 笑 。



 しかし検めて考えてみますと、実際に私が好きになれない物のは、もしかすると”暴力”かも知れません。


 また、等と記しますと・・・・、

 「えっ?! マスター、オートバイに乗っていますよね? オートバイに乗るって結構危険で乗ってる人たちも威圧感の有る服装とか好んで着る印象も有りますし、暴力的面の有る乗り物に思えるのですが・・・・?」
 とか、
「確かボクシング等の格闘技を見るのが好きとか?あれって暴力的でしょ?」
 とか、
「大体、カウウター内でしばしばに攻撃的発言をされている印象が有るのですがが・・・・・」(はい、申し訳無いです)
 何て言われそうです。


 確かにそうかも知れません、しかし、やはり好きに成れない物と聞かれると・・・”暴力”と答えたい気がします。(あるいは”悪意”?)

 (そういえば、80年代にF1でフェラーリ等に乗っていたM=アルボレートがどこかのインタビューに嫌いな物は”暴力”と答えていた記憶も・・・・)


 あるいはまた、「”暴力=テロ=悪い事”、当然好きに成れないですよね?」
 とも言われそうですがそれとも少々異なるのです。
 


 恐らくこの暴力という言葉に対する考え方なのでしょう。
 (テロやテロリズムの定義なんて話し始めると長くなりそうなので、それはまたいつかの機会に・・・)

 
 そう、一般的に”暴力”というと、人様を 殴ったり・蹴ったり・刺したり・・・・・といった意味で使われていそうです、
 が、実際にはそうした物理的な物以外の暴力という物も結構ありそうですよね・・・・・。
 ”言葉の暴力” 何て言葉は昔からしばしば使われますし。
 それに”訴訟”なんて行為もかなり暴力的印象がありますよね?
 また、”体罰=悪”という論調も強いですが、個人的には暴力にならない体罰は存在すると思えますし、同時に体罰(しつけ)に名を借りた暴力も有ると思えます。
 そもそも、法律(成文法)なんて暴力的な面を内包してそうですしね。
 また、最近やたらと流行り?の、OOOハラスメント(精神的嫌がらせ?)なんて典型的暴力にもおもえます。
 さらに言えば、”飴と鞭”という言葉で、飴=良いもの&鞭=暴力=悪い物と語られる面も多いですが、飴だって使い方では暴力的では無いのか?とも思えますしね・・・。


 はっきり言って殆どの物事は(使い方私大で)暴力になりうると思えるのですよね(例えばお金にしろ、優しさにしろ、知識にしろ・・・・)。




 では、私が想う暴力とは・・・・・・?

 一寸面倒くさい言い方ですが、”他者をその人自身の意思とは異なった形で動かそうとする手段”
 の様なものですかね?


 
 こう書きますと、「人を殴ったり、刺したり、殺したり・・・って、人を動かそうとしている訳ではないでしょ?」といわれそうでう。


 まあそうなのですが、基本的に人って傷つきたくないですし殴られたくも無いですし、増して刺されたくは無いですよね、そうした他者を(本人の意思に背き)無理やり傷つける訳ですから、典型的暴力ですよね。

 あるいはボクシング等の格闘技は双方が自らの意思の基(了解の上)殴り合っている訳ですから(あるいはある種の喧嘩も)、あれは暴力というよりも”社交”の一種ですよね?



 結局、全ての行為は、それを行う者の気持ちの持ち方や受け手の気持ちのあり方次第で暴力になりうる訳ですよね?

 言い換えれば”他者を支配する為の手段”あるいは”自らの支配欲を満たす為の手段”が暴力なのかも知れません。


 
 しかしここで問題が・・・・。

 全ての行為は行使する人間、受けての人間の心のあり方次第で暴力になりうる・・・、何て書きましたが、実際には他者に暴力を振るっている、あるいは自らが暴力的行為を行っている自覚が無いという例が多い気がします。
 OOOハラスメント何て典型かも知れません?へたすると、正しい事を行っているとか、相手の為だとか・・・・・。
 あるいはクレーマーなんて人種もそうかも知れませんし・・・・。


 だからこそタチ悪いというか・・・・。


 まあ意識して振るう暴力、つまり相手を傷つけようとして(悪意を持って)言葉を発したり、力を振るっりたりする人間もタイガイですがね・・・・・。

 
 ではどちらがよりタチが悪いのか?

 まあ、どっちもどっち、状況次第といえそうな気もしますが・・・・・・。



 やはり、昔から言われているように、「無知は悪意よりなお悪し」ですかね?

 といいますか、自覚が無い悪意・暴力って、根が深そうといいますか、現代病という気もしますよね。


 恐らく昔はそうした(無意識の)悪意の連鎖を減ずる為に”不文律”とか”躾け”とか”作法”が生み出された面も在るのでは?何て事も想いますね。


 相変わらずの言いたい放題でした。
 

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