2015/10
03
[ #760 ]

百日紅

 先日の事、久々映画館で映画を観て来ました。
 どうも鷹野橋のサロンシネマが閉まって以来映画館に行く頻度が下がっている気がする等と、ふと思い付きまして、それならばと・・・、まあ天気も良いし単車でも引っ張り出してと出かけた訳です。

 観た映画はこちら。


           百日紅


 


 アニメかよ?何ていわれそうですが・・・。実は私、映画館でアニメ作品の上映をみるのは本作が確か初めてです。

 因みに映画館は”シネマ尾道”

 シネマ尾道

 こちら


 数年前(7年程前ですか?)に出来たという噂は耳にしていたのですが、ここも初体験。

 まあ、何事でも初体験は大事かと。


 閑話休題、何故この映画なのかといいますと。

 このアニメ映画の原作は数年前に夭逝された杉浦日向子さん、知る人ぞ知る江戸文化大好き女性。この方の書かれるエッセイ等好みで良く読んでいたのです(因みにこの映画の原作”百日紅は未読ですが・・・・)。
 そしてこの作品の主役は葛飾於栄、北斎の娘の女浮世絵師。江戸文化や浮世絵に興味引かれる面の多い私としては気になっていた訳です。

 
 で、感想ですが。

 何せ登場人物が、於英、北斎、若いころの英泉にとと屋北渓、さらに国直・・・・ですから、それだけで嬉しいですね。
 

 そう、動く杉浦日向子ワールドが楽しめるだけで、実は個人的には満足だったのです(ということで一般の方の意見とは異なるかも知れません)。
 言ってみれば、製作者の杉浦日向子さんに対する尊敬とかオマージュといったものを感じる映画でした。


 また北斎の描き方も良かった気がします。


 個人的意見ではありますが・・・・・。

 江戸中期、暴れん坊将軍(笑)に拠り享保の改革が行われた訳ですが、その改革の一つに蘭学に対する禁忌の緩和という物もあった筈です。これに拠り、特に都市部の知識層に近代的合理性とか西洋思想・近代科学といった物が普及していく訳ですが(たとえば平賀源内とか司馬江漢、解体新書等はその代表的なものでしょう)、それに拠り都市部においてそれまでの日本的、あるいは土着的な信仰の様な物の存在感が薄くなって行く何て事も起った様に思われるのです。たとえば妖怪や物の怪といった存在に懐疑や祈りとかあの世といった散在に対する懐疑・・・・といった風に。
 そして都市部の進歩的な住人の感覚と従来の感覚を保つ人々の間にある種感覚の(分断というと大げさですが)差異の様な物も生まれ、あるいは個人の内面においてもある種の分裂の様な物も生まれた様にも思えるのです。
 故に江戸中期以降、妖怪絵や怪談話も逆説的に流行った気もします。

 そして、北斎の晩年はある種それらの統合の様な事をしていたのではと個人的には思う面もありまして。

 そして、この映画の北斎のイメージはそれに近いのですよね。

 結構、納得の映画でした。




 追記

 尾道には思ったより早くつきまして、映画館の場所と上映時間を確認した後に少しばかり時間が有りましたので周辺を少々散策(といいますか徘徊)。
 商店街の東、久保町辺りは旧遊郭地ということもあり何度も散歩しているので、今回は駅裏辺りを・・・・。
 この辺り歩くのは何十年振りでしょう。


 しばらく歩くと私好みの建物を発見。
 こんなやつです。


 金光教

 
 角度を変えて観ますと、

 金光教2


 こんな感じです。


 何かといいますと金光教会の建物・・・・。

 私のような人間からしますと、遊郭地との親和性ということになるのですが・・・・・、久保町とは一寸離れているよねと・・・。

 しかし、周辺にこんな物もありましたので、まあそういう事かも知れません。


 タイル

 なまめかしいタイルです。

 またこんなプレートも近くで・・・・。

 プレート


 このプレートをみますと、往時、尾道は国際的港であった事が思われます。
 繁栄のピークは・・・・・?
 やはり大正期ですかね?

 そんな事を思いました。


 これはおまけね


 猫



 仕事サボって尾道で飲みたくなりました・・・・(勿論サボりませんが)。

 

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