2015/10
13
[ #763 ]

あめとむち

 かなり昔の事なので記憶が定かでは無いのですが、確か小学生のときの道徳の授業に置いて、”飴=正しい&鞭=悪い”といった意味の事を習った記憶が有るのです・・・・。

 確かサーカスの動物に芸を仕込む手段として、鞭で行うのは悪く、餌や愛情で仕込むのが良い・・・・、といった話だったと想うのですが。

 



 私はその話を聞いて、「飴でも鞭でもいいのだけれど、その前に動物を自然に帰してやれば・・・・」等と想った記憶も有るのです。(まあ、小学生の頃からひねくれた餓鬼だった訳ですな・・・・  笑 )

 でも、そうですよね?


 江戸期以前の我が国においては子供の躾等に余り体罰(鞭)を用いる事は無かったといわれていますし、今思えば何でこんな話を授業でとも思えます。

 ともかく戦後のこの当時からかも知れませんよね、体罰=悪 という話が矢鱈といわれるようになったのは。

 (はい、前回の続きの戯言です)


 
 ”飴と鞭”といった考え方が何時ごろからあったのかは正確なところ知りませんが、古代ローマ辺りでは有りそうですよね?それこそ奴隷をしつける為の手段として。
 唯、これにしても、 飴=○&鞭=× といった二元論では無くある種せっとでしょうし、それに大体、近代以前のヨーロッパ圏では、尻たたき(尻に対する鞭打ち)は子供の躾の手段として正当な物という認識は強かったですしね。

 鞭=悪 では無かった筈ですよね。

 まあ子供の躾としての尻に対する鞭打ちの場合、親が直接行うと感情的に成るリスクがある故、そうした事の上手な老婆の様なところに連れて行き打ってもらう等という習慣もあったなんて話を聞いた事もありますし(村々にはそうした婆が居たという事でしょう)、親が行う場合は平手で基本でしょうし、寄宿舎や学校でも、身体に対する影響は少なく、痛みは強くといった専用の鞭(枝?)が用意されていたなんて話も。
 (まあ、それが記憶に刻まれ”マルキド=サド”辺りは成人後の性癖に・・・・・なんて面も、まあ有りそうですが・・・・)


 どちらにしろ、鞭=体罰=暴力=悪 といった感覚は中世までは無かったという事でしょう。
 現代でもフランス等では子供に対する尻たたきの禁止を法律で決めるべきでは無いといった意見が多いそうですし。


 では、何時ごろから、鞭=悪 飴=善 といった事がいわれ出したのか。 

 
 あくまで私の考え(妄想)ではありますが、19世紀以降という事でしょう。

 アメリカの奴隷開放運動何て事もそうでしょうし、南北戦争もそうした側面がありそうですからね。

 南部の黒人奴隷を鞭で働かせる事=悪、という考えが奴隷解放運動でしょうから。


 では、何故この時期に・・・・・。


 おそらく(これまた私の妄想ですが)、この時期にアメリカに置いて工場制機械工業が軌道に乗ったのが遠因では無いかと?
 そして多くの労働力(賃金労働者)と消費者が必要になったと。(この辺りの事を書くと長くなりそうなので以下省略)
 
 
 そして、プランテーションに置ける奴隷労働=鞭による労働は生産性(効率)が低い訳でして・・・・。

 基本的に鞭に拠る労働は鞭で打たれない事を目的とするので、ノルマの達成のみが目的となり生産性は余り増えない。

 対して、賃金による労働、生産量が上がれば賃金も上がる、あるいは何か飛躍的に生産を増やすアイデアでも出せば更に飛躍的に・・・、他にも、必要な資格を取得すればとか、改善提案、とか、部下を効率よく使うとか・・・・・。


 で、賃金労働者は、自らより生産性を上げる努力をする様になると(場合によっては労働時間外でも・・・・・)、圧倒的に効率が良い訳で・・・・・。


 そして近代は効率の良さこそが全て、といった社会。
 つまり、鞭という非効率な物は否定され、飴(賃金)という効率の良い手段が善とされたと・・・・・。



 とまあ一寸嫌味な事を書いてみましたが、言いたかったのは、鞭にしろ飴にしろ使い方によっては暴力にも成り得るし、また成らない事も当然ある訳で・・・・。
 そして飴や鞭以外でも、全ての物は暴力(手段)に成りうるという、当たり前の事が言いたかった訳ですが、言い換えれば、飴は良くって鞭は悪いという二元論自体が結構性質が悪いといいますか、現代という時代(近代化)の性質の悪さとも思える訳です。

 まあ、そんな話ですね。

 

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