2015/11
29
[ #777 ]

シャンパーニュのはなし

 これから一月余りの期間は恐らくは一年で最もシャンパーニュが抜栓される時期では無いかと思われます。
 クリスマスにしろ新年のお祝いにしろ。

 そこでシャンパーニュに対する与太話を少々・・・。

 


 シャンパーニュ、ワインの仲間のなかでは割と歴史が浅いのですよね。
 現在のシャンパーニュの様な発泡性の物が造られる様になったのは17世紀も後半になってから、それまではシャンパーニュ地方も主として赤ワインを生産していた訳でして。
 
 そして17世紀の後半、かの著名なピエール・ドン・ペリニヨンの功績に拠りシャンパーニュが誕生する訳です。

 かいつまんで言えば、英国でワインを発泡させて飲むといった事が行われていると知ったペリニヨンがその手法を導入し、発泡性のワインを生み出したという事なのですが、もしかするとこの時期、丈夫なガラス瓶&コルク栓が開発されていた事も運が良かったのかも知れません。

 そのシャンパーニュ、当初はそれ程著名な酒では無かった様に思われます、どちらかといえばランス辺りで造られている泡の出る変わったワインといった位置づけかも知れません。

 ではどの様にして今の様なお目出度い酒、特別な酒という地位を築いて行ったのか・・・?


 先ず始めは、ポンパドール(公爵)婦人が好んで飲んだ辺りから、これを切っ掛けにフランスの宮廷辺りで流行り始め・・・・(18世紀中頃でしょう)、その後ナポレオン=ボナパルトが好んだという話も有り、著名となり。更にこの後、クリコ婦人(ヴーヴ・クリコ)による新たな手法の発明や糖分測定技術の発達も有り、拠り安定した生産も可能になり、また、味もドライとなり・・・・。

 そして世界的に現在の様なお祝いの酒パーティに欠かせない酒としての地位を築くのは、19世紀後半。
 いわば19世紀末から、という事のようです。


 では19世紀末にシャンパーニュがお祝いの酒として世界に定着したのは何故なのか?

 19世紀末といいますと、ロートレック等が活躍したパリのイメージが強いのですが、シャンパーニュを流行らせたその発信地はどうもロンドンに有りそうです。


 当時、パリには(藝術)キャバレーや、カフェ・コンセールといった物があちこちに建ち(例えばシャ=ノワール等)、世紀末パリの空気を造り出して行くのですが、同じ19世紀後半、ロンドンでもミュージック・ホールといったある種の劇場酒場が多数出来、活況を呈するのです。
 そしてそれらのミュージック・ホールに出演していた芸人(歌手・エンタテナー)が実はシャンパーニュを流行らせた、といわれています。

 物の本に拠れば、その最も著名な一人が”ジョージ=レーバーン”で有るとか。
 彼は先ず始めに”シャンペン・チャーリー”という歌を流行らせ、続いて”モエット・アンド・シャンドン”という曲も流行らせた、(また”クリコ”という曲を流行らせた歌手もいたとか)。
 そうしてこうした歌とともにシャンパーニュを抜栓して乾杯するといった形式が流行し世界に発信され、世界標準となって行った、という事なのです。
 そして当然その背後には新聞や雑誌&広告業の誕生といった事がある訳ですが・・・・。


 こう書きますと、結局シャンパーニュの価値はマスコミが生み出した(あるいは流行らせた)物なのか?と、いう話になってしまいそうなのですが・・・・(確かに19世紀以降、世の中の価値、何が正しいか・間違っているか?といった物はマスコミが決めている面が強いといえそうですが、あるいはグーテンベルクの活版印刷の発明が嚆矢か?)。唯、シャンパーニュという酒にそれだけのポテンシャルが無いとこれだけ著名にも普及もしない訳ですし、また、時代の空気といった物もそれを後押ししたようにも思えます。


 ではシャンパーニュの魅力とは何なのか?
 それは矢張り発泡している事にが第一と思われます。

 瓶内発酵し発泡している事にに拠り、その抜栓作業が一寸儀式的といいますか、イベント的になりますよね。そうした意味でもやはり特別なイベントに相応しい酒という位置づけされるのに合い相応しいと思われます。
 また、発泡していることに拠り、その気泡とともに香りが立ち上ってくる訳でして、積極的に香りを嗅ごうとしなくても自然と香りが感じられる、人の味覚は7割以上は香りに左右されるといわれますが、この凝りが感じやすい訳ですからそれは美味しく感じられますよね。
 更に、グラスの底から立ち上る泡を見ているだけでも飽きないですし、視覚も楽しませてくれる訳ですから。
 更に、適度な度数、また発泡性であることににも拠り、アルコールの吸収が早い。これも口開けの酒ととしては適当と思われます・・・・。  等々。


 また、時代も味方した面もありそうです。

 確かこの頃(19世紀)ソーダサイホン何て物も造られ始め、ウイスキー・ソーダといった飲み方もされる様になる訳ですが、こうした炭酸飲料の好まれる時代であった事もありそうです。
 ドライで刺激的な飲み物が好まれる時代、またそれらが、科学とか未来、新世界といった空気とともに語られ好まれる時代。
 そういえばジンもこの頃から、”ロンドン ドライ”ジンになってゆく訳で・・・・。

 この辺りプランテーシャンに拠る砂糖の生産量が向上しイギリスにおける砂糖の消費量が飛躍的に伸び、アルコール飲料に甘さが余り必要なくなったとも言えそうですし、確かわが国でも、景気の悪いときは甘口の酒が、良いときは辛口の酒が流行るなんて伝承?も有りますし、確かに19世紀ロンドン(あるいはパリも)バブル真っ盛りといった空気ですしね。

 
 おまけついでに、シャンパーニュという酒、ポンパドール侯爵~ナポレオン~ロンドンといった具合に飲まれ流行って行くわけですが、それは世界の社交文化、あるいはその発信地の移り変わりといった事も感じさせらます。

 18世紀の終わりにフランス革命が起るまでは、フランスブルボン王朝が社交文化の標準形を決めていた訳でしょうし、その後は世界帝国となった大英帝国が決定して行く・・・、といった事(故に今でもフランスのブランド品が強かったり、公式のパーティーのウエルカムドリンクがジン&トニックであることが多い・・・・といった風に)、等々、色々と興味を惹かれます。

 (そういえば、ポンパドール・ナポレオン・ロンドンのシティ、どれもいわばブルジョワ、市民階級上がりといいますか、プロテスタントといいますか・・・・、シャンパーニュも当時としては結構科学と親和性が高い気もしますし・・・・、シャンパーニュ、実は近現代を象徴する酒なのかも知れません)
 
 
 

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