2015/12
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[ #783 ]

ジンのはなし 4

 前回シャンパーニュの話の中で19世紀初頭頃から、ドライな酒が好まれ初めジンもドライジンに変わってゆく・・・、何て話を書いた記憶が有ります、そこで今回は其の辺りの与太話を・・・・。


     ロンドン ドライ ジン

 著名なドライジン

 


 18世紀、英国では石炭産業や鉄鋼業が盛んとなり、またそうした場所で働く底辺労働者がジンに溺れ、ジンという酒の悪名が轟いたという話は結構著名なのですが、それに対し英国政府も各種法律を造り対策をしようとする訳です。
 課税強化であるとか、販売業者を許可制にするとか・・・・・・。唯、初期のジンに対する規制は殆どザル法で果々しい成果は上がらなかった様ですが、その後、課税の強化を更に進めたり販売規制の徹底化等で(1751)徐々に英国内でのジンの消費も落ち着く事になるのですが、といいますか、税率が高くなり低所得者が購入し辛くなったともいえそうです。

 そしてそうした状況もふまえ18世紀の終わり頃からジンも大量生産によって生み出される安酒、といったイメージから徐々に英国を代表する酒へと脱皮していくのですが、例えば・・・・、

 
        1769


 ゴードンのラベルには1769年創業の文字が・・・・。



 そして更に、19世紀に入り連続式蒸留器が発明されいわゆる”ドライジン”が造られる時代となるのです。ビィーフィーターの創業は確かこの頃。

 そりて英国(イングランド)を代表する酒の地位を確立する・・・。


 (此処から与太話)
 しかし、思うのですがこれらのジン、これ見よがしに”ロンドン”という文字と”ドライ”という文字が入っていますよね?


 そう、シャンパーニュの時にも書きましたが、19世紀頃からこのドライな酒が流行り始めるのです。

 19世紀といいますと、正に大英帝国が世界の覇権を握った時代。
 奴隷貿易に拠る資本の蓄積、金融業の発達。それを基にした産業革命、更にインド等の植民地化、アヘン戦争何てのも・・・・。

 
 そうした豊かさを背景に砂糖の輸入量・消費量も増え、甘口の酒よりもドライな酒が好まれ始めた事は確かにあるでしょうが、それ以上に、以前のオールド・トム・ジンの持つ甘ったるいイメージ、負のイメージからの脱却も有ったのでは?等と想像したくなります。
 と、言いますか当時のロンドン、世界の金融センターでもあり、またバヴリーでもある世界に冠たる最先端都市。

 この近代的な都市、ドライで洗練されたイメージを持たせる為、あえてロンドン”ドライ”と名乗った様です。
 (そういえばわが国でもバブルの頃から矢鱈とドライのネーミングで売れたビールが有った様な・・・・・ 笑 )

 そう近代都市、それまでの人間味のある(ウェットな)人間関係に比し、ドライ(ビジネスライク)な人間関係で成り立つ空間とも言えそうで、そうした事の肯定されるのが近現代とも言えそうです。


 また、ドライジンといえばもう一つ思いつくのがジン&トニックというカクテル。

 現在でも公式なパーティー等のウェルカムドリンクとして正式に供されるのはこのジン・トニックなのですが、このことからも19世紀には世界の社交の中心、社交文化を作法等の決定権を英国が握っていった事が感じられます(その前の時代、フランス革命以前はフランス、ルイ王朝がその発信地だったと思われます)。


 そう、正にロンドン・ドライ・ジンは現代という時代を感じさせる、酒。
 ドライでビジネスライクなイメージ。近代都市都生活者的イメージの酒・・・・・・(更に言えば金融とか資本主義もイメージも・・・・)。
 故にドライ・マティー二も造られる酒・・・。 

 そんな酒、
 ですかね?

 

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