2016/04
21
[ #818 ]

拘り(こだわり)

 バーテンダー等といった商売をしておりますと、しばしばお客様等から、「こだわりの店ですね。とか、こだわってますね。」といった言葉を投げかけられる事があるのです。
 そうした場合の私の返答は概ね、「そんな事は無いですよ・・・とか、当たり前にバーらしくしているだけですが・・・とか、あるいは、いえ、私はかなり自由なやり方をさせていただいているつもりですが・・・・」といった意味である事が多いのです。
 (そういたしますと、更に重ねて「いいや、絶対にこだわっている」等との言葉を頂く事も。)

 別に嫌味でそうした返答をしている訳でもなく本心から、そうしたやり方をいているつもりでもあるのですが・・・・。

 また重ねて言えば、この”拘り(こだわり)”という言葉、あまり好きになれない言葉といいますか・・・・。

 


 そう、”こだわり”あるいは”こだわる”といった言葉、負のイメージが強く有るのですよね・・・。


 どちらかといえば、あるいは本来であれば、「そんな細かい事にこだわるな!」とか、「何、詰まらない事にこだわってるんだ!」といった具合に使われる言葉であった様に思いますし、実際に若い頃にはそういった叱責を受けた事も多くあった様にも思います。

 詰まり、こだわる=悪い事、といったことであった筈ですし、現に今でも私はそう思っている訳です。
 (いいかえれば、「拘ってますね?」何て言われますと、それは非難ですか?と感じる訳でして、少なくともほめ言葉とは思えない訳です。という以前に、たとえほめ言葉であったとしても、そうした断定的評価を受けて嬉しいはずは無い訳でして・・・・)


 現実に拘るという言葉はそうした使われ方をされて来た言葉ではありますし、広辞苑にも(要約して記せば)、 ① 妨げとなること、 ② (気にしなくてもよい様な些細な事に捉われ拘泥すること、 ③ 難癖をつけること と記してありますしね。

 つまり、拘る(こだわる)とは、本来、枝葉末節に捉われすぎ大局的見方の出来なくなっている状態であり(それこそ木を見て森を見ずといった)、自縄自縛的で身動きが取れないな悪い状態であるとか、あるいは自閉症気味とも捕らえられそうで・・・・。
 


 と、まあこんな事を書く性格故、”こだわり”等と言われたりするのかも知れませんが・・・・・ 笑 。

 
 また、現代では、拘り=よい事 として使われている訳だから素直に取れよ・・・、とも言われそうでもありますし。

 実際、言葉の意味という物、時代とともに変化をするものでもありますし・・・・・。



 閑話休題、では、いったい何時ごろから、また何故、”こだわり”という言葉がほめ言葉の様に使われる様になったのか?
 

 先にも記した要に、私の若い頃は、”こだわり”=悪いこと、といった意味で使われておりました・・・・。


 あまり定かな記憶では無いのですが、どうも恐らくは、80年代の後半位、詰まりは所謂バブルの頃から徐々にほめ言葉的に使われ始めた印象です。


 其の頃からTV等では、グルメ番組やローカル局の地元情報番組といった物が急速に増え、それらの番組の中等で・・・・、例えば・・・、此処はこだわりのラーメン店です とか。こだわりの大将の居る居酒屋です・・・・・。といったかたちで使われ始め、急速に広まった様に思います。


 結局、バブルの時期から、兎にも角にも、経済効率、或いは利益優先主義といいますか、(楽して)儲ける=善、という価値観が社会を席巻し、”楽して儲ける”といった事意外の方向性なりやり方(をしている人や店)に対し、”こだわり”というレッテルを貼るようになったのではないか?と思われる訳です。

 つまりバルブの前までは、儲けに”こだわる”事=善くない事。で有ったのが、バブル以降、儲け以外に”こだわる”事=善い事。という事になったという事でしょう。

 そして、グルメ番組等で、非効率とも思えるやり方をしている、店や店主に対し、(平気で)”こだわり”の店ですよね?とか、”こだわってますね~”等と、ほめ言葉とも嘲笑とも思えない言葉が投げつけられる様になったという事でしょう。

 現実に、現代において使われる”こだわり”という言葉には、ある種、”褒める”という意識と同等、あるいはそれ以上の嘲笑が無意識的に含まれる気がしますし、また言い換えれば、変わり者というレッテルを貼ろうとする行為とも思えます。

 また其処の無意識の底辺には、変わり者を受け入れない、ある種の(村社会的)同調圧力も有る様にも・・・・。

 (またもしかすると、2ch等の存在やSNSが、其の意識に拍車を掛けている気も・・・・・)

 バブルという存在は”新自由主義”が齎した物とも言われますが、この(新)自由主義という言葉に反して不自由な世の中になっている気も、実はかなりするのですよね。


 そう、”こだわり”等という言葉を聴くと、どうもこの自由主義という名の不自由さといいますか、同調圧欲の様な雰囲気も感じるのですよね・・・・・。

 何といいますか・・・・・、まあ、”こだわり”という言葉に限らず、言葉を発するという行為自体が、実は結構難しい事では無いか?とも思える訳でして、其の当たり、ネットの発達故か、それ以外の要因かは判りませんが、言葉を発信する事の意味が軽くなり、それが少しばかり世の中をギスギスしたものにしている気配も・・・・。



 と、まあこんな面倒くさい事を書くので、”こだわり”等という言葉を投げられるのかも知れませんが・・・・笑 。
 一寸くどかったですかね・・・?

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