2016/08
12
[ #853 ]

 TUTOMU ARAO

 前回、般若心経のアルバムでしたので今回は・・・



        平曲


 「平曲」    荒尾 勉

 

 
 平曲、詰まりは平家物語のアルバム、平家琵琶の演奏にあわせての弾き語りです。


 演者は”荒尾 勉” 氏 。


 以前この方の講演を聞かせていただいた折に衝動的に購入した物です。

 因みにこの方、本業は会社勤めで、某大企業の宇宙工学部門で働いていらっしゃるとか・・・・。


 閑話休題、平家物語といっても膨大な長さに成りますが、このアルバムに収録されていますのは「飛脚到来」(捨物)と、「先帝後入水」(節物)の段です。


 先帝後入水はいわずと知れた平曲のクライマックス、壇ノ浦で負けていく平家軍、其の船上で二位の尼が安徳天皇を抱きかかえ入水するという涙をさそう場面。やはり平曲と言うとこの段ということですね。

 そしてもう一つの「飛脚到来」。実はこの段も気になる段でして・・・・。

 各地で平家に対し源氏方の反乱が起こり始め、其の一つ、伊予の国の河野四郎通清の反乱を、額入道西寂が討伐するのですが、その後鞆の浦に渡り、遊女を呼んで戦勝の宴を催している最中、通清の息子、通信に奇襲され打たれる・・・、といった部分・・・・。

 この”備後の鞆へおし渡り遊君遊女ども召し集め遊び戯れ・・・・云々”という部分、詰まりは当時の鞆の浦の状況が推察出来る気がしますよね。またあえて遊君、遊女と記してあり・・・、もしかすると遊君=太夫クラス女性、遊女=娼妓的女性か?等と想像が膨らむわけでして・・・・ 笑 。



 と、まあ。こんなCDも有ったりする訳です。

 確かに、バーの雰囲気には・・・・????? ですが・・・・ 笑 。









 追記


 しかし、平家物語(平曲)。800年程語り告がれているわけですが、わが国の音楽・楽曲の古典といいますか、そうした存在と思えます。

 また、たまに聞いたり致しますと、平曲が成立した過程や時代背景についても考えてみたくなります。


 で、戯言ついでに少々・・・・・。

 


 そう、平曲、今風の言い方をすれば源平の戦いで精神的に疲れきった人々を慰撫する為に造られた物ではないかという気がするのですよね。


 当時の源平の合戦、上の飛脚到来の時期以降、つまり、源氏が平家にたいし反乱を起こし平家軍を津罰する過程の戦い、かなり残酷なことに成ったのではないかと想われる訳です。

 違った言い方をすれば、義経(率いる源氏軍)は戦争を行っていたのではとも・・・・・。
 たいして平家方はどこか戦(いくさ)を行っている意識だったのでは・・・等と・・・・・。

 奇襲攻撃や壇ノ浦では船頭という非戦闘員を狙って矢を射るわけですからね・・・・・。

 ”ヤア、ヤア、我こそは・・・・”といった祭祀性は見受け辛い訳ですよね・・・・、更に残党狩り等も行われた訳でしょうから、やはり旧来の”いくさ”という拠りは殲滅戦(戦争)的な行為だったと想われます。

 そしてそれは参加した兵達の心に大きな傷跡を残したであろうと・・・・、今で言う”PTSD”ですわな。

 往時の戦、最後は組討から最後は直接刃物でとどめ刺す事が多いわけですから、明らかに人を殺している実感を持たざるをえないでしょうから・・・・・。

 幸若舞の敦盛も其の辺りを語っている訳でしょうし・・・・・。


 そして、戦が終わった後もかかわった多くの人々が、その後遺症に苦しんだのでしょう。それを癒したのが平曲と思えるわけですし、諸行無常という価値観(考え方、思想、哲学)であったのでしょう・・・・・。
 
 そして多くの人々も癒されたのでしょう・・・・。


 唯、指導的立場の武士は、「あ~、癒された、よかったよかった」ではすまないですし、それでは政にも齟齬をきたしそうですし、そこでそうした指導的立場の武士に広まったのが、徹底した内観、懐疑的哲学により、揺らがない精神の獲得を目指す、”禅”、だったのだろう・・・・・とかね。


 どちらにしろ、こうした歴史等に思いをはせるのは楽しいのですよね。


 相変わらずCDの紹介ではないですな・・・。

 

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