2016/10
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[ #876 ]

ウイスキーのはなし 5

 以前、1820年代に(スコッチ)ウイスキーのメーカーが多く誕生した(リベット・マッカラン・クライヌリッシュ・・etc)・・・云々、なんて話を書いた記憶が有るのですが、そのころから英国でウイスキー蒸留所が企業化していった訳でしょうね。

 でその後は?といいますと・・・・。

 


 次に多くの蒸留所が誕生するのが1880年代辺りの、所謂(19)世紀末の時期と思えます。
 例えば、有名なところではグレンフィディック、他、クラガンモアとかバルベニー、グレンロセス・・・・・と枚挙に暇が無い程で・・・・。

 また、既に企業として成立していた蒸留所も規模拡大等を行っている様に思えます。
 

 恐らくはウイスキーというものに対する需要が急速に増大したのが最も大きな要因でしょうね。


 何故か?


 考えられるのは、一つはフィロキセラ禍、ヨーロッパメインランドでフィロキセラの被害が広がり葡萄の収穫量が減少し、当然の事ながらワインやブランデーの生産量も減少、それに変わる物としてウイスキーの需要増大という事が有ったでしょう。

 また更に重要なのは、資本主義・自由貿易の定着や蒸気船や蒸気機関車の普及による流通の発達により市場規模や経済の劇的拡大とも思えます。

 また、19世紀半ば、1851年に行われたロンドンを皮切りに万博が先進国各地で行われる様になりますが、それも商業主義や経済の拡大のメルクマールともいえそうで・・・・。大型デパートの誕生もこの時期でしょうし、商業新聞等の商業マスコミの誕生も・・・・(更に言えば・日本・イタリヤ・プロシアといった国が近代国家として登場するのもこの時期)。

 更に、石炭に続き、ガス・電気・石油が実用化されるのもこの時期。

 まあ、ともかくバブルな訳でして・・・ 笑 。


 で、そうした状況にあって社会の雰囲気も当然変わりますし、飲酒のあり方も変わるわけですよね。


 例えばそれ以前ですと、庶民に於いては、お酒は祭り等の特別(ハレ)の日に村人皆で飲んで酔っ払う物だったのが、この頃からは日常的に飲める物に変わった訳です。

 特に都市部では・・・・。

 都会ですと、飲み屋等があちこちにあり、いつでも飲めるわけでして・・・。

 言い換えれば、都市の誕生の時期といえるかも知れませんし、また都市では日常的にハレの空間が存在するといっても良い気もします。
 (それ以前、あるいは田舎では”ハレ・ケ”は時、暦で決まり、近代、あるいは都市では場所、空間に寄るとも言えそうで・・・・、一寸面白いテーマでは無いですか?)
 


 閑話休題、この時期世界的にアルコールの消費量、ウイスキーに対する需要が増大したのは確かでしょう。

 そしてそれを受けてスコットランドでは蒸留所が次々誕生し、あるいは規模拡大等が行われたのでしょう。


 しかし、思えばスコッチウイキーの蒸留所が一番勢いがあったのはこの時期なのかも知れません・・・・。


 まもなくブロック経済による囲い込み~第一次大戦~、更に1920年代はスコッチウイスキーの最も重要な市場となっていた米国での禁酒法の施行、1930年代の大恐慌と大不況~第二次大戦と続く訳ですからね・・・・・・。


 まあ、それでもこの時期があったから今のスコッチウイスキーもある訳でして・・・・・。

 といいますか、この時期、19世紀はお酒の世界でも転換点と思えるのですよね。

 

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