2016/12
09
[ #891 ]

身内

 前回(或いはその前?)からの続きな訳です・・・。

 そう、他者の存在する空間では三欲を満たす姿を見せたり、それに関わる台詞は口にしないのが作法(マナー)の原点・・・云々~なんて話の続き・・・。

 そして他者でない者・・・、いわば身内。これの究極は自分(個人)であろうと・・・、更に広げると色々と、例えば夫婦とか家族といった血縁由来、村や町といった地縁繋がり・・・、更に、会社等の同僚や同窓会・・・・、さらにお友達やライン繋がり・・・等々とまあ色々ありそうだという話しだったわけですが・・・。



 そう、こうした身内グループの中に身を置くのは確かに楽ですし、快適ですし、安心安全な気もしますしねェ・・・。

 といいますか、群れを作る動物は拠り楽に快適に安全に生活するため群れる事を始めた訳でしょうし、当たり前といえば当たり前な訳ですが・・・・。

 唯、この群れの意識といいますか、身内意識が強くなりすぎますと、他の群れとの争いが生まれる事も事実でしょう。

 歴史を振り返っても、氏族同士、村同士、民族や国家同士の争いばかりといった風情ですしね。


 まあ、そんな大きな話にしなくても、身内意識の強い集団を外から眺めると・・・、一寸ね・・・。といった事は多い気がしますよね。

 (特にこれから忘年会のシーズン、しばしばそうした事が見受けられそうで・・・・・)


 そう、集団等に帰属するとどうしても内向きの思考が強くなりますし、またそれを要求される訳で、そうなるとどうしても自己中心的な考え方しか出来なくなる訳でして・・・・。

 そして自己中心的な考え方しか出来なくなった集団、客観的に自分たちを考察出来なくなった集団は、結局自意識が肥大し、周りに多大な迷惑を掛けるか、或いは滅ぶ(方向に向かう)訳ですよね・・・・。

 そうしてこの国は昭和の初期にそれを行った訳でしょう。

 
 本来ならば組織内に外の世界を知りその組織を客観的に観る事の出来る人材を内包しているのが良い組織と想うのですが・・・(昔の村社会等では親方的な人間なりがそうしていた気も・・・・・)

 唯、現実には組織に帰属しつつその組織を客観的に観る事の出来る人間って、嫌われ易いですよね。
 客観的意見を言ったり、そうした立ち位置を取っていますと、”ノリが悪い”とか”シラケル”とか、”空気を読めよ”なんて言われたり・・・ 笑 。


 しかし、上にも記したように、そういった存在を内包出来なくなった場合、自己中心的になり ~~~~ と。


 理想的に言えば、個として自立した人達が適度な繋がりで形成される集団というのが、まあ、理想なのでしょうが、これが中々難しいといいますか・・・・。


 また、同じようなことが、個人でもいえそうな気がします。

 自分に対する客観的視点が持てなくなると、ひたすら自己中心的になり・・・・、まあ、所謂、”オレ様、自分様”的人間の誕生なわけですな。

 
 しかし確かに自分を客観視するって難しいですよね。
 自分で客観的と思っていても、その考え方自体主観では無いのか?と問われると・・・・・確かに・・・・。

 不文律という物が無くなった現代では特に・・・・。


 
 では、どうするか・・・・。


 やはり、たまには一人で共同体の外に出て活動し(それは他者の中に一人身を投ずる事でしょう)、色々考える、或いは痛い目をみるべきなのかも知れません。


 群れを造る多くの動物だって、オスはそれなりに成長した時点で、生まれ育った共同体を脱し孤独に彷徨う過程を経る訳ですから・・・・。
 


 そう一人で街に出る・・・・、で、その時(クローズド・カウンター)バーなんて良いですよ・・・・。

 基本的にそういったバーのカウンターは一人で座る事を是とする空間ですし、それにカウンターを挟んでバーテンダーという”他者”が間違いなく存在している訳ですから・・・・。


 と、我田引水的結論にしてみました。


 でも実際のところ、バーの役割って其の辺りにある気がするのですがね・・・・。


 
 追記

 この戯言も今回で60回目、纏まりのないことばかり書いてしまった気もいたします、という事でこのカテゴリーもいったん終了。

 さて、来年から、どうしますかね。

 

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