2017/08
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[ #956 ]

お盆

 今日から世間は夏休みといいますか、お盆休みですかね?特に今年は今日、”山の日”が金曜日という事もあり長期の休みを取られる方も多いのでは?と想像してみたりもしております。


 しかし思うに、この8月11日が山の日に指定された事もあるのか、この8月半ばの下記休暇の期間が、”お盆休み”というイメージから単に”夏季休暇”といった印象が強くなった気がするのですよね・・・・。


 各地で行われている(或いは行われていた)所謂”盆踊り”も”盆踊り大会”といった感じで名前が変り昔からの祭司的意味が急速に失われている印象も強いのです。
 (といいますか地域によっては盆踊りそのものが行われなくなっている気もしますし・・・・)


 


 また盆踊りに限らず各地域で行われていた昔からの祭りも、(例えばOO市夏祭り、とかOO町花火大会といった感じに)急速に名前等が変更になったりしている印象も・・・。

 もちろん昔からの名前で行われているそうした祭りや盆踊り等も残っていますが、それらも基本的には観光資源としての価値がある物に限られている気もしますし、そうした行事自体が観光資源としての価値があるかないかで判断される傾向がこの数年特に強くなっている気がするのですよね・・・・・。


 閑話休題、お盆ですが・・・・、そもそも何々のか・・・・・と。


 物の本等に拠れば、仏教行事の盂蘭盆会であり、仏教とともに伝来し飛鳥時代ごろ(推古天皇のころ?)から行事として我が国に定着し始めた、とか。ウラボンエの語、元はサンスクリット語に起源が求められるとか・・・・、道教の影響もかなり強いとか・・・・・。
 
 まあ、色々説はあるわけですが・・・・・・。



 個人的にはもっと古い慣習というか習慣というか、祭祀というか・・・・・、そんなものではないか?という気がしているのですよね。


 それこそ世界、或いはアジア地域全体に存在する豊穣神や先祖と等々に対する感謝や畏怖や・・・・、まあそうした行事、慣習、習慣、といったものが宗教によってある種意味づけられたり取り込まれたり習合したりといった感じで形式化された物では無いかと想うのですよね・・・・・。


 実際仏教伝来以前にだって、色々の(そうした)祭祀的行事等は行われていたはずですし、例えば弥生時代や縄文時代だって、お墓や宗教行事はあったはずですから。

 更に言えば(或いはもちろん)我が国に限らず。


 そうした、夏場(或いは初秋か)の満月の日に行われていた豊穣祭り、先祖崇拝の行事が、それゆえに各種宗教にも取り込まれた或いは意味づけされたと考える方が腑に落ちるのですよね。


 例えば日本でおそらくは最も古い形のお盆行事に近い物を行っている地域といえば沖縄や奄美が思いつくのですが、そこらへんって仏教でも神道でもないですからねぇ。

 つまり元々、(唱導的)宗教以前の存在。


 では何故この(旧暦7月の満月)なのか・・・・・・。



 もちろん個人的な妄想?ですが・・・・・。


 この時期、アカテガ二等が産卵する時期。

 といいますか、多くの魚類や両生類等、満月や新月の夜に産卵を迎えたりしますよね。

 当然そこには”死と再生”が強く意識される訳でして・・・・・。

 そうした事だとお思いますね・・・・・。


 付け加えて言えば寒い時期の大潮(新月)が旧正月となり・・・・・。

 そういえば子供も頃は旧正月周辺の大潮の時期、多くの方が潮干狩り等に磯に出ていた記憶があります(貝を掘ったり、海苔を摘んだり、蛸を掘ったり、ギンポを取ったり・・・・と)。


 初夏の大潮(新月)が住吉祭りになったり・・・・・と。



 で、現代では、関東辺りではお盆といえば新暦の7月15日辺りとか。そしてそれ以外の多くの地域では新暦の8月15日辺りですよね(これがこの時期)。そして沖縄やほかいくつかの地域では旧暦の7月15日あたり・・・・・。


 
 何故こんな話になったのか・・・・。



 関東周辺の7月15日前後というのは明治初期に明治政府が新暦(グレゴリオ暦)を導入し、お盆も新暦の7月15日にした故でしょう。

 それ以外の地域の新暦8月15日というのは、新暦の7月15日前後だと農作業に支障が出る故という事も有って、旧暦の7月15日に近い8月15日にすることにした地域が多かった故といわれています。


 では何故旧暦のままのお盆にしなかったのか?


 この辺り色々有るのですが・・・・・・。



 先ず明治初期に政府が新暦(グレゴリオ暦)を採用、多くの行事を新暦に基づいて行う事を奨励する訳ですが、農村等の地域、地方ではやはり新暦で行う事が多かった訳でして・・・・(それはそうですよね、盆踊りなんて満月の下でないと暗くって・・・・、また海民系の祭りですと潮の大きさと満ち干の時間に決定的に影響される訳ですし・・・・・)。


 それが変るきっかけが20世紀初頭の地方改良計画でしょうね・・・・。

 日露戦争の後、逼迫した財政の事もあり政府によって行われた事業ですが、これにより、お盆と神社系の行事以外の地域に根付いた行事を旧暦で行う事を禁止する訳ですよね。また、それの徹底と徴税の徹底化を図るために地域に昔からあった組織を改変し、行政下に置く訳ですよね・・・・。(例えば若衆宿を青年会にとか、女性だとお処女会とか婦人会とか・・・・)で、地域の行事もそうした組織主導で新暦で行われるようになる・・・・道造りとか川切り何てものそうでしょう)。


 
 ただ、此処にも記したように、お盆や神社が主導する祭りは旧暦のものもかなり残った訳ですが・・・・。


 実際、私が生まれ育った地域もお盆の行事、戦後すぐの時期等、新暦の8月15日と、旧暦の7月15日、両方行っていた様で・・・・。


 では多くの地域から旧暦のお盆がなくなったのは何時ごろか?というと・・・・・。


 どうも昭和30年代の様で・・・・・。



 理由としては、お盆休みが2度に渡ると、企業が困る・・・・・といった理由が言われています。


 まあ、確かにそれもあるでしょう・・・・・。戦後の日本、特に高度成長期は企業中心というかそうした社会でしたから。
 (地域社会の代わりを企業がしたともいえそうですし)


 唯、個人的には55年体制のスタートが大きいように思えたりもするのですよね・・・・・。



 一寸話が長くなったので、今日はこれくらいで・・・・・。



 

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